第一生命保険徳山分室(山口県周南市)所属の女性営業職員(89)が21人の顧客から計19億円を10年以上にわたって詐取していた事件で、にわかに注目されているのが、山口銀行。彼女が社内で「特別調査役」の肩書で厚遇されていた背景には、山口銀行元頭取である田中耕三氏(94)との親密な関係があり、それが地元の資産家の間で信頼を勝ち取った要因と言われている。
田中元頭取は1992年から約10年間、山口銀行トップに君臨した。頭取退任後も、相談役として社内に専用個室を与えられていた。長期にわたって権力をキープできた源を探ると、そのひとつが同行の「慶應三田会」の存在であると類推できる。
山口銀行の取締役であった浜崎裕治氏の『実録 頭取交替』(講談社、2014年)には、役員会の人脈で慶應系の勢力伸長のいきさつも暗に描かれている。
田中元頭取の経歴は、慶應大大学院で経営管理を学び修士になった後、日立を経て山口銀行に転職し、労務管理を担当。その間に培った労組人脈と三田会のメンバーが、彼を支えてきたようだ。よく企業経営では人事を押さえた者が実権を握ると言われるが、その典型的なケースである。
圧倒的な人脈と資金力を誇る慶應三田会
慶應義塾の卒業生でつくる「三田会」は、同窓会としては質量ともにトップクラス。地域、卒業年度、業界、企業、職域など、さまざまな拠点とネットワークがあり、その数はゆうに800を超える。海外にも70以上の支部や拠点を持つという。それを束ねているのが「慶應連合三田会」である。
だいたい年に1回開かれる「慶應連合三田会大会」には、万を超える卒業生が集まる。各業界のキーマンも少なくないので、人脈作りの絶好の場になっている。ただ、幼稚舎出身の慶應ボーイたちの振る舞いに反発する地方高校出身者の声もよく聞かれるが……。
2008年に開かれた慶應150周年の記念集会は、当時の天皇(現上皇)ご夫妻やケンブリッジなど内外の大学代表者が臨席した。場所は日吉キャンパスで、意外と堅実という出席者の感想もあったが、この150周年で三田会が集めた寄付金実績(三田評論や中間報告などから週刊ダイヤモンド編集部調べ)がすごい。総額285億円。通年でも約80億円で、ライバル早稲田の30億円の倍以上。もっとも、すべてが同窓会からのものではないが、1大学の実績としてはダントツと言ってよいだろう。
150周年寄付金実績の企業分野別では、日吉キャンパスと東急東横線に縁のある東急三田会がトップの1799万円、寄付した会員は約500人となっている。平均して会員1人あたり3万6000円だ。注目の山口銀行は、銀行業界で単独ではトップの500万円。会員数94人なので、1人あたり平均5万3000円だ。地方銀行では頭抜けており、同行における三田会の団結力をうかがい知ることができる。
三田会は週刊誌マスコミに良く取り上げられることが多いが、ある三田会の会長は笑いながら「それは幻想ですよ。ゴルフ懇親会ぐらいはしますけどね」と話す。大手企業の慶應OBやOGに聞いても、三田会からの招待に応じて出席しても常連ばかりで楽しくない、と言う。最近はメンバーが増え、三田会の中にも格差が生まれて、幼稚舎や慶應中高出身者などは結束が固いが、大学からの入学者はゼミ仲間と集う会の方が楽しい、という話を聞くようになった。
慶應が公認会計士&司法試験に強い理由
公認会計士合格者の大学別実績を見ると、慶應大学は約40年連続1位である。これが、慶應公認会計士三田会員の誇りでもある。
しかし、1995年の予備校の調査では、1人の差で早稲田大学に首位を奪われかけたことがあった。公認会計士三田会でよく調べたら、慶大を出て他大学の大学院に進学した合格者がおり、それをカウントしたら早大と同数首位となり、連続トップの名誉を維持した、という話を聞いたことがある。
もともと、慶大が商学研究科修士課程会計職コースをつくって公認会計士試験対策に力を入れ始めたのは、中央大学や早大よりかなり遅い。そして、公認会計士三田会が独自に力を入れているわけでもないらしい。さるOBの話によると、公認会計士三田会は年2回ほど研修会を開くくらいで、在学生の受験をサポートしたり、コネで就職を斡旋したりすることはほとんどない、という。
では、なぜ慶大は公認会計士試験にめっぽう強いのか。調べてみると、同大には早くから専門学校とのダブルスクールに行く学生が多いから、という話を聞いた。ある名高いO法律専門学校のホームページに現役で公認会計士試験に合格した学生4人の喜びの声が載り、そのうち3人が慶大生だったこともある。
実は最多の司法試験合格者も、慶大法学部の学生ではなく、慶大法科大学院の合格者数である。同大学院生の出身大学には早大や中大の法学部出身も多いのだが、なぜ慶應の法科大学院が人気なのか。他大学出身の同大学院生によれば、その実学精神に理由があるという。本来、空理空論でなく社会の役に立つ学問というイメージだが、「いや実利を重視するということです」と笑っていた。
新司法試験2期目の2007年度に、それを象徴する事件が起きた。慶大法科大学院の専任教授・法務省司法試験考査委員であった教員が、同大学院生を相手に試験対策の講義やメールの配信を行い、答案練習会を開催していたことが問題となったのだ。これこそ、まさに実利である。法と正義を貴ぶリーガルマインドなどより合格へのスキルを磨くという学風が、受験生にとって魅力的に映るのは当然であろう。
東京歯科大と合併で慶大歯学部が誕生か
慶大は2008年に共立薬科大学と統合し、薬学部を誕生させた。また、東京歯科大学と2023年度の合併を目指して協議を進めており、歯学部の誕生が見込まれている。これらの流れは、ニトリがホームセンターの島忠を吸収合併したケースを想起させる。以前から両大学の創立者などが慶應と関係が深く、教授などの交流もあったという点が、企業間のM&Aとは違うところか。
薬学部は薬剤師国家試験向けの薬学科系が6年制に移行し、製薬など研究系が4年制に分かれた。4年制の卒業生では、大学院に進学する者が増えている。国立大学歯学部で4年制を主体とする大学も少なくないが、私学の歯学部は6年制を主体としているケースが多い。伝統ある共立薬科大は、医学部と連携して、薬剤師養成とともに医薬の総合的研究に活路を開いたということであろう。
東京歯科大学も、コンビニより多いと言われる歯科医院などの独立した歯科医養成だけでなく、病院における歯科医療の拡大を踏まえて、医学部と直接連携できる慶應との統合を選んだのであろう。また、同大市川総合病院を慶大附属病院に移行するメリットは、双方にとって大きい。慶應にとっては、東京や神奈川に比べて千葉に系列病院が少ないデメリットを解消できるからだ。
医学部や看護学部に加え、薬学部と歯学部を統合する医療のコングロマリット化は、今後の慶大の最大の強みとなりそうだ。慶應は時代の流れを読むのがうまい。