世界保健機関(WHO)は1月5日、「新型コロナウイルスの発生源を調べる国際調査団への中国側の許可が下りないことから入国できていない」ことを明らかにした。中国政府は2019年12月末に、湖北省武漢市で発生した新型肺炎の初めての症例をWHOに報告した。WHOはこれを受けて昨年2月に中国へ調査団を派遣したが、発生源とされていた動物市場は調査できなかった。
その後、世界各国が新型ウイルスの発生源などについて調査するよう再三要請したことから、WHOは各国の専門家による大規模な現地調査を実施することを決定した。昨年7月に先遣隊を中国入りさせたが、世界的流行の責任追及を避けたい中国政府の抵抗に遭ってこれまで実現してこなかった。
その調査団の派遣がついに1月第1週に実現する手はずだったが、中国側が再び「待った」をかけたのである。この異常事態について従来から「中国寄り」と批判されてきたWHOのテドロス事務局長も「大変失望している」と批判した。
WHOの調査団受け入れが実現しなかったのは、中国にとっても大きな痛手である。中国政府はWHOの調査団受け入れに備えて国内で周到な隠蔽工作を進めるとともに、国際社会に対しては「新型コロナウイルスの発生源は中国でない」との宣伝活動をさかんに実施してきた。一例を挙げれば、「新型コロナウイルスの発生源はインドである」というものがある。その内容は「新型コロナウイルスは昨年の夏にインドで発生し、汚染された水を通じて動物から人間へと伝染した後、バングラデシュなどを経て武漢に流入した」というものだが、発生源とされたインドは、憤懣やるかたない思いではないだろうか。
その総仕上げとして、WHOの調査団を受け入れることで国際社会からの「初期段階の感染情報を隠蔽した」との批判をかわしつつ、身の潔白を証明する手はずだったのに、なぜドタキャンしたのだろうか。
「戦時状態」宣言
中国外務省は6日、「WHOとは密接に協力している」とした上で、「中国で新型コロナウイルス感染が散発的に発生し、各地方が戦時状態になった。防疫部門と専門家は感染対策に忙殺されており、対応できないからだ」と説明した。
メデイアの情報などで新型コロナウイルス感染が拡大しているのは、遼寧省と首都北京市に隣接する河北省である。遼寧省瀋陽市は昨年12月20日、「戦時状態に入る」と宣言した。同市によれば、昨年12月23日から元旦にかけて21人の感染者が発生したとされるが、同市の医師はSNS上で「市内の感染状況は非常に深刻であり、感染拡大のペースが速く感染力も非常に強い。新型コロナウイルスの変異種の可能性がある」と警告している。ネット上では「人民解放軍の防疫部隊の特殊車両が瀋陽市に到着した」動画が流布している。河北省でも共産党機関紙が1月5日、「新型コロナウイルス感染への対応が『戦時体制』に入った」ことを報じた。
両省では大規模なPCR検査が実施され、「強権」を行使して地域の出入りを禁じる都市封鎖も講じられているが、感染拡大に歯止めがかかっていないようである。河北省の6日の新規感染者数は、前日の2倍に近く(120人)に増加しており、感染源となっている石家庄の担当職員が懲戒処分を受ける事態となっている。
政府が公表している新規感染者数は少ないが、この数字を信用することはできない。新型コロナウイルスが最初に発生した河北省武漢市の実際の感染者数が、確認済みの感染者数の約10倍に当たる50万人近くに達していた可能性があることがわかっているからである(2020年12月30日付CNN)。新型コロナウイルス感染の第1波を封じ込めた1カ月後に、中国疾病予防コントロールセンター(CCDC)が調査を実施した結果だという。しかし、この調査結果も、当時の中国政府のなりふり構わずの激烈な対応にかんがみれば、過小である可能性がある。
中国共産党結成100周年
中国では例年1月末頃から旧正月となり、人の移動が非常に活発となる。3月には中国共産党結成100周年という節目の年の全国人民代表大会(全人代)が開催されることから、当局が過剰に対応している事情を考慮したとしても、やはり何か悪いことが起きているのではないだろうか。「今回の感染拡大の原因が新型コロナウイルスではない」という最悪のシナリオも想定しておくべきである。
昨年12月20日、湖南省永州市で女性1人がH5N6型の鳥インフルエンザに感染しているからである。中国ではH5N6型の鳥インフルエンザ感染者が過去に死亡した例がある。当局は「感染者は人工呼吸器が必要な状態だが、容体は安定している」としているが、その後の経過は明らかになっていない。
昨年12月27日、NHKは『NHKスペシャル 謎の感染拡大~新型ウイルスの起源を追う』という番組を放映したが、そのなかで専門家たちは異口同音に「感染の初期段階の把握を失敗すると新型コロナウイルスの二の舞を繰り返すことになる」と強調していた。筆者は昨年1月17日付コラムで「中国発コロナウイルスは、致死率が低いことからSARS以上の猛威を振るう可能性がある」と警告が発したが、その後の展開は筆者の想定をはるかに超えていた。
新型コロナウイルスのパンデミックの二の舞を踏まないために、日本を含め国際社会は、中国に対して感染症全般の発生状況についての情報公開を強く求めていくとともに、予防的な措置として、中国からのビジネス往来を一時的に停止することも検討すべきではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)