環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で、米国が求める著作権保護期間の延長措置が、電子書籍や映画の廉価版DVD販売など、「パブリックドメイン作品」を活用するビジネスにダメージを与えかねないーーそう伝えるのは、5月13日の日本経済新聞朝刊だ。
日本では現在、著作者の死後50年、映画は公表後70年の著作権保護期間が設定されている。一方、米国では死後70年、映画などは公表後95年か創作後120年のいずれか早く切れる方が保護期間となっており、日本にも自国と同様の基準を求めているのだ。
しかし、米国の要求に応じて期間を延長すれば、従来の著作権保護期間が切れたパブリックドメイン作品を活用している、電子書籍や映画の廉価版DVD販売などのビジネスに影響が出かねない。出版社から書籍を集めるのに苦労している電子書店にとっては、無料もしくは低価格で配信できる過去の名作=パブリックドメイン作品は、ユーザー獲得のための強力なコンテンツだ。また、映画の廉価版DVDもパブリックドメイン作品がほとんど。
現状の「著作者の死後50年」が維持されれば、16年には谷崎潤一郎と江戸川乱歩、20年には三島由紀夫、22年には川端康成の作品の著作権が消滅し、利用できるコンテンツはさらに増える。しかし、期間が延長されれば、パブリックドメイン化が先延ばしになるうえ、過去の作品にまでさかのぼって適用される可能性もあり、電子書籍のコンテンツが大幅に減ることが懸念されている。
もちろん、期間が延長されれば、日本の作家の著作物でも海外から著作料が得られる期間は長くなる。しかし、「日本のメリットはゼロに近い」と、4月6日の東京新聞朝刊でTPPと著作権に詳しい福井健策弁護士は指摘している。海外で人気の著作物はマンガやアニメが中心で、新しい作品ばかりだからだ。 一方、米国はディズニーやハリウッド作品など、息の長いコンテンツを多く持っており、「くまのプーさんの著作権料は、世界で年間1000億円を超えている。もっと人気のあるミッキーマウスはさらに多い。コンテンツと特許は、米国有数の“輸出産業”になっている」(福井弁護士)とも。米国の著作権自体が、ディズニーのミッキーマウスの著作権が切れる直前に、関係者のロビー活動によって保護期間を延長する法案が可決されてきた歴史があり、「ミッキーマウス保護法」とも呼ばれるほどだ。
しかし、期間の延長を望む声ばかりではなく、近年の米国では別の動きもある。「ミッキーマウス保護法」が改正されるかもしれないと、3月25日の朝日新聞朝刊が報じている。米国で著作権行政を担当する著作局のマリア・パランテ著作局長は20日、米下院員会の公聴会で「場合によっては、著作権の保護期間を作者の死後50年に短くする方法を考えてよい」と発言した。
パランテ局長は「デジタル時代に新しい著作権法改正だ」とも述べており、この発言の背景には「既存のコンテンツ産業と比べて、IT企業の影響力が強まっていること」があると、同紙で福井弁護士など複数の著作権の専門家が指摘している。著作権の切れた書籍を全文検索できるサービスを展開するGoogleが期間の短縮を望んでいるほか、著作権の権利者が分からずに第三者が利用できなくなっている「孤児著作物」の増大が影響しているというのだ。