その定点着陸をいかなる空港の滑走路でも推奨するというのが最近の趨勢である。しかし、航空機の性能上、地面がドライ(乾いた状態)の滑走路では定点にこだわらず、多少接地帯が延びてもその間の減速効果もあり、接地後すぐに停止できるものである。
特に羽田空港をはじめとする大空港の滑走路は3000メートル前後の長さもあり、十分な余裕があるので心配はない。管制官からかなり手前のところから誘導路に出るように協力を求められているほどである。
国交省の責任
このようにパイロットがどのような滑走路においても定点にこだわり始めた背景には、国土交通省航空局の試験官や審査官たちがそれを推奨し始めたこともある。
以前では、審査において何回かの着陸を通してたまに着地点が延びたりしても、着陸操作全体を見て安全な技術を持っていると判断できれば合格とされてきたものが、今日では着陸帯を少しでも超えてしまうと不合格とされる例が増えてきたのである。
そのような評価がパイロットにプレッシャーになり、いつしかスムーズではなくドシンとつく着陸のほうが合格しやすいということになり、訓練や実際のライン運航の場でもそれを目指すようになってきた。
しかしながら、航空局の審査基準には長年続けられてきた着陸操作にかかわる変更は見られず、いつしか運用面で定着したと思わざるを得ない。百歩譲って仮に審査基準を変更するのであれば、具体的に変更の背景や世界的な動向との整合性を明らかにすべきであろう。
私は明らかに現在の審査での運用は間違っていると言いたい。その理由は、定点着陸を優先させるか否かは、滑走路の状態や天候などを考慮して、機長が十分に判断できるものである。
実際、今日では接地が予想外に延びた場合には、ゴーアラウンドによって着陸をいったんやり直す例も増えている。かつて私が安全推進部に所属していたときに、社を挙げて「ハードランディング撲滅キャンペーン」を推進し大きな成果を挙げたことがある。定点着陸にこだわるとハードランディングになりやすいことは明らかで、いたずらに機材に衝撃を与えることは得策ではない。
経験上、欧米系の航空会社ではハードランディングはもとよりスムーズな着陸が当たり前となっていて、日本で働く外国人パイロットも実際のライン運航ではスムーズな着陸を心掛けているようだ。
世界的に今日でも「着陸はスムーズ(ソフト)に」という常識が、日本ではいつの間にか否定されるような風潮は止めなければならない。国土交通省は、パイロットに定点着陸へのプレッシャーを与えるような運用を改め、審査の運用基準を明らかにすべきであろう。
そして何よりも、一度立ち止まり航空界全体で広く議論を行い、コンセンサスの確立に努力する必要がある。これには各航空会社と、そこで働いているパイロットにも責任がある。現在のような運用によって機体に衝撃を与える着陸が増えれば、それはまわりまわって利用者の安全にも降りかかってくることを考えてほしいと願うばかりである。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)