放送法に定められている「政治的公平」(放送法第4条第1項第2号)の規制を撤廃することを骨子とした、安倍政権の放送制度の改革案が報じられている。
安倍政権は何を目指しているのか。そして、この改革案が実現されると、放送はどのようになっていくのか。元日本テレビディレクターで上智大学教授の水島宏明氏に聞いた。
「次回の規制改革推進会議でその議論が出るはずで、安倍首相はそこで自分の考えを述べると言われています。今のところ断片的な情報しかありませんが、放送法第4条を撤廃するにとどまらず、放送の仕組みそのものを変えようとしていると伝えられています。今のところインターネット放送については法律がないですよね。民放のテレビ放送もそれと同じようにして、『今後はネットで自由にやってください』『その代わり電波は使わせません』というところまで考えているのではないでしょうか」
今年1月のIT企業中心の経済団体「新経済連盟」の新年会で安倍首相は、「インターネットテレビは放送法の規制はかからないが、見ている人には地上波などとまったく同じだ。日本の法体系が追いついていない状況で、電波での大きな改革が必要だ」と述べた。
安倍首相は2017年10月8日、インターネットテレビ番組『徹の部屋』(AbemaTV)に出演した。幻冬舎の見城徹社長がホストを務める番組だが、冒頭から見城氏は「日本の国は安倍さんじゃなきゃダメだ」と称え、女性アナウンサーは「すごくハンサムですよ。内面が滲み出ているお顔ですよ」と褒め、ゲストも交えて3時間近くにわたって安倍賛辞が続いた。
「ああいう放送は、現状の放送法が定める政治的公平からしたら、やっちゃいけないわけですよ。しかも総選挙の公示日の2日前という時期に、民放であろうがNHKであろうが特定の政治家だけを長々と取り上げるということはしません。もしやったとしたら、必ずBPOで問題になって審議されます。
昨年、『ニュース女子』(DHCテレビジョン制作/東京MX放送)が問題になりました。沖縄の基地反対運動に加わっている人は沖縄県外から金で雇われた人たちで、その背後にいるのは外国の勢力だという、取材に基づかないデマを放送したわけです。放送法第4条には、報道は事実を曲げないですることとあり、明らかにこれに反するわけです。放送局というのは、まれにヤラセなどの問題も生じていますが、それは例外的で通常はきちんと裏付けを取ったものを伝える努力はしているんです」
政治的公平の原則撤廃で起こる事態
放送の政治的公平の原則が撤廃されれば、今よりも幅広い立場からの言論によって報道が活性化するという見方もある。アメリカでは1987年に、放送番組における政治的公平の原則が撤廃された。これはまさに、政治的公平の原則よりも言論の自由が優先するという考えからだ。アメリカの放送は今、どうなっているのだろうか?
「アメリカでは今、シンクレア・ブロードキャスト・グループという巨大メディア企業がトランプ大統領と近い関係になっていて、そのすべての地方局のアナウンサーが、CNNとかNBCがやっているようなものは全部フェイクニュースだということを、一字一句違わず読まされるという、『これって北朝鮮ですか?』というようなことが起きています。
まして日本は、アメリカのように政権交代が頻繁に繰り返されるということはなくて、自民党一党支配が事実上非常に長く続いている社会ですよね。そういうなかで自由に放送局が何をやってもいいんだとなったときに、たとえば働き方改革ひとつとっても、いろんな論点があります。民放でもインターネット放送でもスポンサーが必要なわけで、そうしたときに自民党寄り、立憲民主党寄り、民進党寄り、希望の党寄り、公明党寄り、共産党寄りとか、それぞれの政党に合わせて、どれだけの放送局ができてくるかを現実的に考えたほうが良いと思います」
インターネット、CS、BSなどさまざまな放送形態があるが、話題になるのは保守系の番組だ。リベラル系の放送もあるが、ほとんど話題にはならない。
「リベラル系は金がないからじゃないですか。やはり保守系のほうにスポンサーは圧倒的に集まりやすいでしょう。安倍首相の本音は、『素晴らしい安倍さん』と言ってくれるような、自分を気持ちよくさせてくれるような放送局がほしいのではないでしょうか。民放の場合は、ニュース番組だけではなく、ワイドショーがありますよね。その種のものは、おもしろければやる、視聴者が関心があると思ったらやるわけです。
そうすると森友問題などでは、学園が経営している幼稚園で、園児が教育勅語を唱和しているのを見て、安倍首相夫人の昭恵氏が涙ぐんでいるという映像を何回も流すわけですよね。それはフジテレビであろうが日本テレビであろうが、同じようにやるわけです。視聴率競争があるし、視聴者の反応がいいわけですから。昭恵氏の名はニュースの文脈でも出てくるので、それは安倍首相自身にとっては、とても嫌なことなんだろうと思います。それこそ『徹の部屋』みたいにそんなことには一切触れずに、『安倍さん素晴らしい、素晴らしい』と連発してくれるような番組ばかりになってくれたほうがありがたいな、と本音では思っているのかなと想像します」
放送法の主眼は「国による妨害を防ぐ」
自分を賛辞してくれる放送局が欲しいというのは、一国の首相としてはあまりにも子どもじみた発想に思えるが、実際にトランプ大統領はシンクレアを手にした。安倍首相は同じことをしたいのだろうか。
だが放送法第4条撤廃論に対して、安倍政権寄りと見られている読売新聞も、「番組の劣化と信頼失墜を招く」と社説で反対論を強く打ち出した。
「読売新聞にしても日本テレビにしても、別に安倍首相の手先ではないわけですから。安倍首相のほうは手先だと思ってるのかもしれないけど、実は違う。私も日本テレビにいた人間です。確かに『右か? 左か?』と言われれば右寄りといえるかもしれないけど、報道機関としての原則はちゃんとあります。報道ではそれぞれスタッフの皆さんが矜持を持って、『これがニュースだ』と考えることを取材して放送しているわけです。
だから政府から『今のAbemaTVみたいなものを、どんどん増やすんだ』『そういう改革をするから、日本テレビもその一員になってくれ』というようなことを仮に言われたら、これまでの放送を築いてきた会社にもし自分がいたら怒りますよ。今回の問題に関して、ネットや新聞では議論されているけど、自分たちのことなのに放送はまったく取り上げないというのは、とても不可思議な気がします」
撤廃ということで放送法第4条が注目されたが、第3条には「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」と記され、放送番組編成の自由が謳われている。
「そもそも放送法というのは、国によってタガがはめられているというよりも、国による妨害を防ぐというのが主眼なんです。権力の監視をするのがメディアの役割だということが、この国にはなかなか根付いていないですが、そういう考え方で放送局を運営していきましょうという考えが、もともとあるわけです。そのあたりが最近、不透明になってきていて、放送法も撤廃しちゃえっていうのは、相当に乱暴な話になっていますよ」
安倍首相の放送法撤廃という目論見で、はしなくもメディアは自分たちの使命を噛みしめることになったのだろうか。
(文=深笛義也/ライター)