安倍晋三前首相がすこぶる元気だ。月刊誌「Hanada」(8月号)に掲載された対談で、「東京五輪に反対する人は反日的」と発言したことが話題になったが、持病の悪化という健康上の理由で総理大臣の職を辞した人とは思えないほど精力的に動き回っている。
東京都議会議員選挙の告示日だった6月25日には、午前中から都内で2カ所、自民党の2候補の出陣式で応援演説に立ち、その足で午後には群馬県前橋市へ。衆議院の群馬1区選出の自民党現職、尾身朝子氏の集会で講演した。
7月10日には新潟県三条市で講演。前回2017年の衆院選で新潟2区から出馬するも敗れ、比例復活で当選した自民党の現職、細田健一氏の集会だった。翌11日には北海道へ。衆院北海道9区選出の自民党現職、堀井学氏の政治資金パーティに出席した。
安倍氏が応援に出向いた3人は、いずれも安倍氏の出身派閥である細田派の議員。なかでも尾身氏と細田氏は、二階派に所属する別の現職議員と、それぞれの選挙区で自民党公認を争っている(群馬1区は中曽根康隆氏、新潟2区は鷲尾英一郎氏)。
そんな苦しい立場の細田派議員をおもんぱかってか、安倍氏は選挙区に応援に出向くだけでなく、二階派領袖の二階俊博幹事長とも6月30日に会食。今秋にも行われる衆院選の候補者調整について意見交換した。
「どうやら安倍氏は派閥の長になりたくなったようだ。総理を辞任した直後に細田派への復帰待望論が高まったが、当時は消極的で固辞していた。しかし、あれから10カ月。持病も改善し、体調が良くなって、俄然ヤル気が出てきた様子。派閥は数。衆院選に向け、派閥議員のために汗をかいて、最大派閥の細田派をさらに盤石にし、細田氏と領袖を交代して安倍派に、という絵図を描いている」(自民党関係者)
キングメーカーの地位
その気になった安倍氏は、派閥拡大のためなら手段を選ばない。自身の秘書を衆院長崎1区の公認候補に押し込んだのだ。長崎1区については、現職の富岡勉氏が次期衆院選への不出馬を表明し、自民党長崎県連が公募で選考を進めていた。7月9日の公募締め切り日に応募したのは11人。最有力は女性県議で、富岡氏の長男も手を挙げたが、11日の選考委員会で選ばれたのは、安倍氏の政策秘書の初村滝一郎氏だった。
初村氏は長崎県諫早市出身で、父の謙一郎氏は元衆院議員、祖父の故滝一郎氏も元参院議員で労働大臣を務めた。ただ、初村氏が選ばれる決め手となったのは、地元出身の政治家3世という経歴ではない。安倍氏からの直接の電話だ。
西日本新聞によれば、公募期間中に地元の政界関係者の携帯電話に安倍氏から連絡があり、「うちの秘書が応募するので、しっかりと公正に選考してください」と言われたのだという。ほかにも、安倍氏周辺などから国会議員や業界団体に働きかけがあり、「安倍氏の顔を潰したらやっかい」と考えた県連幹部が多数を占めたようだ。
「これから秋の衆院選本番に向け、細田派での求心力拡大を目指し、安倍氏はますます意気軒昂になりそう。秋には総裁選もありますから、次期派閥領袖ということでキングメーカーの地位も確固たるものになる」(前出の自民党関係者)
絶大な権力はあるものの24時間の緊張を強いられる総理大臣に再々登板するより、派閥領袖のほうが心身の健康のためにもよさそうである。
(文=編集部)