日本でも、再就職手当など雇用促進のための公的な制度が整備され、人材派遣会社や企業が提供する就職祝い金などの民間によるキャンペーンが行われている。しかし、若者の就職難や中小企業の人材不足が深刻な韓国では、かなり“大盤振る舞い”な共済制度が近年になって開始された。
この制度、「青年ネイルチェウム共済」という名称なのだが、日本語に訳すと「青年の明日を埋める(満たす)共済」といったニュアンスになる。その内容というのが驚愕で、共済の対象となる若者が中小企業に就職して勤続し、日本円にして約60万円を積み立てていくと、3年後に約300万円を受け取ることができるというものだ。金額の負担および内訳は、政府が約180万円、企業が60万円(+自分が積み立てた60万円)で合計300万円となる。
韓国の労働者の月収の中間値は約24万円とされている。年間にすると、約300万円程度だろうか。つまり、韓国の中小企業で若者が3年働いて積み立てすれば、1年分の収入に相当する金額を受け取ることができるということになる。なお、青年ネイルチェウム共済には2年型もある。こちらは、30万円の積み立てで受取額は160万円。いずれにせよ、破格な共済制度だといえよう。
青年ネイルチェウム共済は2016年7月にスタートしたが、2018年の加入者数は2年型が8万9105人、3年型が1万9381人で、合計10万8486人となった。2019年は、2年型6万人、3年型4万人で計10万人の若者の新規就職者をサポートする計画だという。なお、今年からは月収50万円を超える場合は加入できないという賃金上限額も設けられ、高所得者の加入が排除されている。一方で、高校卒で働いている加入者が大学に進学する場合、学業期間中の共済加入は維持される。
パク・クネ政権時にスタートし、ムン・ジェイン政権発足後に強化
韓国雇用労働部のキム・ドクホ青年女性雇用政策官は現地メディアの取材に応え、「今年も中小企業に就職した青年10万人の資産形成と長期勤続を支援する予定。(中略)現場の声に引き続き耳を傾け制度に反映するなど、青年たちが信頼し、参加できる制度を定着させていきたい」と声明を発表している。
若者の財産形成を支援するために、政府が大掛かりなテコ入れをして破格の共済制度が発足した形だが、現地・韓国メディアの記者Y氏は、その背景を次のように説明する。
「そもそも青年ネイルチェウム共済は、パク・クネ政権時に実験的にスタートした制度で、それがムン・ジェイン政権発足後に強化されたものです。外交的には北朝鮮との融和策を掲げているムン・ジェイン政権ですが、国内では大企業や財閥中心の経済構造を変革することを求められ政権の座につきました。特に若者の就職難など、構造的な社会環境を改善するという施策においては、パク・クネ政権時よりもさらに強くリーダーシップを求められています。もともと、ムン大統領自身も、若者の労働環境および経済格差の是正についてはいくつも公約を掲げてきました。その具体的な形として強化されているのが、青年ネイルチェウム共済なわけです」
制度開始当初のパク・クネ政権時には、2年間で約30万円を積み立てすると約90万円を政府などが負担し約120万円を受け取れるというものだったが、ムン・ジェイン政権ではそこにさらに金額が上乗せされたのだという。一方でY氏は、同共済制度にはまだまだ課題も多いと話す。
「一見、大企業と中小企業の賃金格差が是正されるよくできた制度のようにも見えるのですが、最近の若者たちは企業に、お金よりも福祉や社会保障などの安定を求める傾向があります。それらをしっかりと提供できるよう中小企業の体質自体が改善できなければ、一時的に大きなお金を得られるとはいえ、若者をはじめとする働き手が長期で中小企業に定着することは難しいでしょう」
韓国のネット上の意見を見てみると、青年ネイルチェウム共済については国民の意見が割れている。「中小企業への労働者の定着と若者の就職難を一気に解決できる妙案」という賛成意見と、「企業の負担が大きすぎる」などの反対意見が存在するのだ。なかには、「制度自体を知らずに損した気分だ」など、共済の存在を知らなかったという若者もいるという。
ある視点から見れば、企業から福祉や社会保障予算を吐き出させ、若者に配分することで中小企業の活力を高めようという青年ネイルチェウム共済。ムン大統領が強く推し進める労働雇用促進策は、社会の“潤滑油”になるのか、あるいは不毛な“ばら撒き”で終わるのか。そのジャッジには、いましばらく時間がかかりそうだ。
(文=河 鐘基/ロボティア編集部)