自衛隊が5月から約半年にわたり開設した新型コロナウイルスワクチンの大規模接種センターをめぐっては、東京センターでの防衛省所管の予約システムの脆弱さが批判された。センター開設は菅義偉前首相の突然の命令によるもので準備期間が短すぎたという事情はあるが、日本政府のITリテラシーの低さを国民の前に露呈することになった。関係者や専門業者への取材に基づき、具体的に検証する。
そもそも20日間しか準備期間がなかった
問題が多く発生した東京センターの予約システムは東京、埼玉、千葉、神奈川の住民が対象で、予約サイトに自治体から届いた接種券に記載されている「市町村コード」と「接種券番号」「生年月日」を打ち込む仕組みだった。本来センターでの接種資格がない人が適当な数字を打ち込んだ場合でも架空に予約できることや、正しい番号を打ち込んでも予約ができないなどの不備が受付開始直後に発覚し、防衛省が対応に追われた。
IT立国を掲げて久しい日本政府としては目を覆いたくなる惨状だが、なぜこのような事態になったのか。内情に詳しい防衛省幹部は「第一は準備期間の短さ」と指摘する。菅氏が4月23日に「7月末までの高齢者へのワクチン接種完了を目指す」と発言し、25日に報道先行でセンター開設が周知され、27日に防衛省に正式に指示が出て、翌28日から同省はセンター設営を開始した。予約サイトでの受付は5月17日に開始予定だったため、準備時間は20日間と極端に短く、完璧なシステムを構築するのは厳しかった。
IT業者「防衛省の発注要件がずさん」、東京と大阪で別の業者が運営も問題
一方で、コロナ禍は20年から本格化しており、全国民を対象としたワクチン接種の必要性はその頃から唱えられていた。予約システムが必要なのはいうまでもなく、たった20日間で突貫工事をやっていること自体、コロナ禍収束に向けた見通しの甘さを物語っている。あるIT業者は「何のトラブルもない完璧なシステムをつくるのは不可能」としながらも、「あまりにレベルの低いミスで、防衛省からの発注要件がそもそも杜撰だった可能性が高い」と話す。
さらに、大規模接種センターは東京と大阪に設置されたが、東京でトラブルが続出したのは運営業者がそもそも分かれていたからだ。東京は日本旅行、大阪は東武トップツアーズが運営業者に選定されたが、予約システムを別個にシステム業者に発注することを許した時点で、接種状況を一元管理できる運営体制が整っていたとはいいがたい。
東京センターのシステム業者顧問に竹中平蔵氏、東京五輪のパソナと同じ利権の構図
東京センターの予約システムの構築を受託したのは人間ドックの予約ポータルサイトの開発・運営を手がける企業「MRSO(マーソ)」だが、21年2月には東京センターの運営業務を受託した日本旅行と提携しており、その関係性から今回受託したものとみられる。
ただ、このマーソ、経営顧問には菅政権の成⻑戦略会議委員を務めた竹中平蔵元経済財政担当相が16年から就任している。竹中氏は今年コロナ禍と東京五輪を食い物にしていると批判を浴びてきた。会長を務める人材派遣大手パソナグループの21年5月期連結決算の最終利益は前期の約10倍の約680億円。コロナ禍で急減した前期からV字回復した格好だが、官公庁や企業から業務プロセスを請け負う「BPOサービス」の受注が急増したためだ。東京五輪の人材派遣をめぐっても人件費の「中抜き」が非難されたが、今回の東京センターの予約システムの受注プロセスも「業績というより竹中ファミリーの一員だからという面が強かった」(先のIT業者)可能性は高い。
防衛省、忖度官僚が密室で検討も行き当たりばったりの惨状
今回のセンター設立のゴタゴタは、菅氏の4月23日の発言から27日までの4日間、現場の陸上自衛隊幹部やIT専門家に何の相談もせずに、ごく一部の防衛省幹部の間で密談されたというプロセスが引き起こした面が大きい。
東京新聞の報道によると、予約システムの不備を指摘された同省統合幕僚監部の家護谷昌徳参事官は「えっ、そんなことがあるんですか。まだ私の所に話が上がってきていない。詳細を把握し、しっかり対応させていただく」と回答をした。また、間違った番号でも予約できる事態が明らかになった後も、同省の担当者は報道各社の取材に対し「適正な入力を求める」という国民の善意に寄りかかったゼロ回答を示した。冒頭の同省幹部は「もし国内外の悪意ある個人や組織が大量の架空予約をすれば、日本のワクチン接種に壊滅的な打撃を与えられる危険があったのに、あまりに無責任な発言で呆れた」と嘆く。
菅官邸の見通しの甘さからくるドタバタぶり、菅氏が突如掲げた「接種目標」のゴリ押しに従い、自らの評価と立場を守ろうとする防衛省の忖度官僚、責任だけ押し付けられる現場。この構図は第二次世界大戦で敗北した旧日本軍そのままではないか。政府が現実的、科学的な根拠で現実的な計画を立てなければ、最終的に被害を被るのは国民である。センター設立の一連の流れは、まだ日本が先の敗戦から十分に教訓を得ていないことを示している。
(文=編集部)