「今の防衛省は“忖度官僚”が牛耳っており、専門家集団としての矜持が日に日に失われていっている」
編集部の取材に応じた防衛省幹部はこう吐き捨てた。戦後最長となった第二次安倍政権は中央省庁の幹部官僚人事を掌握し、各省庁で官邸の意向に過剰に従う忖度官僚が出世する弊害が指摘されて久しい。防衛省も例外ではなく、本連載最終回ではその実態について詳述する。
7年も首相秘書官を務めた島田次官、次官就任にイージスアショアの洋上への切り替えの功績
防衛省の現事務次官は約7年も第二次安倍政権の秘書官を務めた「ザ・官邸官僚」の島田和久氏だ。この島田氏、その前に事務次官を務めた高橋憲一内閣官房副長官補とともに、安倍晋三氏の大のお気に入りとされる。島田氏が19年7月に首相官邸から防衛省へ戻る際、官房長になって1年も経たない武田博史氏が防衛装備庁長官に異動し、同長官だった深山延暁氏は定年まで1年を残し、就任1年未満で退職した。これは「島田氏を事務方ナンバー2の官房長に据えるための露骨な情実人事」と省内では囁かれた。
島田氏の事務次官就任の経緯については、安倍氏のお気に入りということに加え、防衛省の計画性とずさんさが猛批判を受けた、ミサイル防衛システム「イージスアショア」についての功績が大きい。
イージスアショアをめぐっては、18年5月に秋田県の新屋演習場と山口県萩市のむつみ演習場が配備候補地として選定された。ところが、報道機関の調査報道や米軍からの情報を踏まえた再調査などで、迎撃ミサイルを打ち上げた際に切り離す推進装置「ブースター」を演習場内に確実に落下させるにはシステム全体の大幅改修が必要だとわかり、20年6月に代替策としてイージスシステム搭載艦の導入が閣議決定された。この経緯について、冒頭の防衛官僚がこう解説する。
「このイージスアショアの導入は当時の米国トランプ政権が安倍晋三首相に『お友達として頼んだお買い物』ということは省内では周知の事実でした。ミサイル防衛システム自体が『ピストルの弾をピストルで撃ち落とす』という性格で完全に空の盾として機能するかどうか怪しく、そんなものに数千億円単位の税金を投入することに疑問の声もありました。その流れで実効性などを無視した“政治案件”としてゴリ押ししようとした矢先にケチがついたわけですが、導入そのものを断念するとなると安倍氏のメンツが立たない。そこで洋上に切り替えるという案を仕切ったのが、当時の高橋次官と島田官房長だった」
この妙案を仕切ったことで安倍氏からの評価がさらに上がり、高橋氏は20年8月、防衛次官経験者としては初めて内閣官房副長官補に栄転し(前任は同省同期入省の前田哲氏)、島田氏は事務次官に就任したというわけだ。
イージスアショア、1年半も経って秋田で説明会も地元住民の不満が充満
このイージスアショアは今月23日、秋田県で導入断念が決まってから1年半も経過して経緯などの説明会が開かれたが、住民の不満はただごとではなかった。地元の立場からすれば、説明が嘘であったことになる。説明会の席で防衛省職員が居眠りをするなど不適切な態度があったことも火に油を注いた。
防衛省は説明会で、「決して嘘とわかって説明していたわけではな」く、ブースターの件については「防衛省の中で、アメリカ側との間で、初期の情報に基づいて判断した時には、ソフトウエアの改修で大丈夫という見込みに達した」ためであったが、「その後、アメリカ側からさらに詳細な情報がきて、防衛省内で検討した結果」、配備断念となったとしている。ただ、これでは住民に人的被害が出る可能性がある計画について拙速に配備ありきの判断をした上、さも米国側に責任があるかのような言い分をしており、説得力は皆無である。
なお、イージスアショア自体の効果も疑問視されることは先の防衛省幹部の指摘にもあったが、洋上にするとさらに数千億単位のコスト増となるため、高橋、島田両氏の“功績”が安倍元首相の利益にはなっても、国民の利益になるとはいえまい。
防衛省の「ユーチューバー利用の世論喚起策計画」文書報道、背景に島田氏への不満
20年8月からの島田次官体制では不満が高まっているのか、今年9月17日の朝日新聞の報道が話題になった。報道では「防衛予算の増加」を目的として、「国民に影響を有する防衛・安全保障が専門ではない学者、有識者、メディア関係者」に「厳しい安全保障環境を説いて回る」計画がある文書が同月に省内でまかれたとされる。この計画の対象にはユーチューバーなどインフルエンサーが含まれており、同省では「素人を使った安易なプロパガンダだ」「自分たちで国民にまともに説明するのが筋」「芸能人のステマを国策でやるのは、さすがにおかしい」など批判が高まった。
朝日新聞へのリークも島田氏への不満が背景とみられるが、島田氏は防衛省や自衛隊の公式FacebookやTwitterなどSNSの「いいね!」数を重視しているとされ、「必要性が疑問視されるような航空自衛隊のジェット機出動など辟易するような指示を出している」(前出中堅幹部)との批判も上がっている。
高橋前次官時代にメディア統制が強化、接種センターの町田、家護谷両氏も忖度官僚の系譜
一方、高橋元次官の時代にメディア統制が強まったことも特徴だろう。当時の菅官房長官がNHK番組で突っ込んだ質問をしたキャスター2人を降板に追い込んだことに見られるように、第二次安倍政権は報道に対する圧力を強めていった。その意を汲んだ高橋氏は「メディア露出があった人間をチェックし、すぐに菅氏に報告、場合によっては閑職に追いやるように取り計らっていた。防衛省幹部などと匿名発言でもメディアに出れば、実際に幹部の動きを履歴にして報告させていた」(防衛省中堅幹部)というから尋常ではない。この結果、防衛省内での空気が非常に固まったものになり、高橋、島田両氏の忖度官僚の防衛省支配が固まったという。
本連載では今年5月に、報道先行で現場の陸上自衛官へ何の事前相談もなく、コロナの大規模接種センターが既成事実化されていき、予約システムなどでトラブルが続出した経緯について報じた。このセンター開設の「密談」を仕切ったのは、島田次官、内閣官房副長官補としてコロナ対応の主要官邸スタッフである高橋氏だけでなく、省内で忖度官僚として有名な町田一仁審議官と家護谷昌徳参事官だ。センターの現場では「具体的に町田、家護谷両氏がどのような権限で動かしているか相当不透明な部分があった」(陸自幹部)との声も上がるなど、菅氏のゴリ押しに合わせようとして現場の混乱を招いた部分は相当程度大きかったと見られる。
安倍長期政権で忖度官僚が増長、防衛省「文民統制」原則がかえって暴走を引き起こす可能性も
安倍長期政権のなかで、忖度官僚が招いた目を覆うような惨事は本稿で論じた防衛省だけではない。森友加計学園問題をめぐる財務官僚の公文書改ざん、菅氏の長男の勤務先と総務省幹部との接待問題など枚挙にいとまがない。かつてのような官僚支配には決して逆戻りしてはならないが、官邸が専門家集団である官僚の生殺与奪を過剰に握り過ぎれば、国民に大きな影響を与える政策策定が官邸の意向で捻じ曲げられる危険があることは、この10年足らずで証明された。
今回の大規模接種センターの予約システムを作成した企業の経営顧問に菅政権の成長戦略会議委員を務めた竹中平蔵氏が就任し、近年の災害支援も政権浮揚の道具に利用されていることも考えれば、さおさらだろう。
国家防衛の原則である「文民統制」は戦前の軍部の暴走を教訓としたものでもあるが、これはあくまで政治家や官僚が高い見識を持っていることが前提である。それがなければ、支持率や自らの出世しか頭にない文民のほうがむしろ危険だ。ある陸自幹部が「次に大戦が起きれば、現場無視で過干渉の文民が日本を滅ぼす」と危惧するのも大袈裟ではあるまい。
(文=編集部)