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家賃が月6000円下がった!一度は断られた値下げ交渉、大逆転までの実録

文=日向咲嗣/ジャーナリスト
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いま住んでいるマンションの家賃が下がるかも(「Getty Images」より)

「不動産情報サイトに、うちより家賃が6000円も安く出ていたんです」

 そう話すのは、関西地方に住むKさん(30代女性・仮名)。その募集が、いま住んでいるマンションの同じ階の別部屋とくれば、もう黙ってはいられない。

「スマートフォンの機種変更感覚で、家賃値下げ交渉をしてみたんです」と言うが、そう簡単に問屋がおろさなかった。ガチガチに理論武装して、地元の簡易裁判所に調停の申立てまで行ったところ、意外な結末が待ち受けていたのだった。

 引っ越しシーズンに突入しつつあるが、このタイミングで契約更新するかどうか迷って入る人のために、今回は家賃値下げ交渉の舞台裏を紹介しよう。

「現在、12年間お世話になったマンションに6度目の更新のタイミングで家賃交渉をしています。理由は現在支払っている家賃より不動産情報サイトで募集している同一マンションの同一階で、同じ間取・面積の部屋が6000円も安く出ていたからです」

 Kさんから、そんな書き出しで始まるメールをもらったのは、昨年2月下旬のこと。コロナ禍で引っ越し需要が減退するなか、家賃を下げる絶好のチャンスといえる時期。

 拙著『家賃は今すぐ下げられる!』(三五館シンシャ)を参考にして交渉に臨んだとのことだったが、なぜかその文面からは、交渉を始めたことを後悔するかのような不安が綴られていたのだった。

家賃4万5000円、同一の部屋が3万9000円で入居者募集

 まず、Kさんのケースの基本情報を整理しておこう。

 彼女が住んでいるのは、地上5階建、総戸数40戸のマンション。築年数は16年というから、まだ老朽化や耐震性の不安はない。その中層階に広さ約30平米の1DKを家賃4万5000円で借りているそうだが、家賃とは別に共益費が5000円かかるため、支払額は月5万円となる。

 交渉時の居住年数は12年で、過去5回契約を更新。とすれば、入居した当時は、築浅物件としては安い家賃だったかもしれないが、いまもそれが変わらないとは言い切れない。むしろ、近くに駅やショッピングセンターができるなどの利便性が向上する特別な出来事がなければ、築4年から築16年になった分だけ価値は下がっていると考えるべきだろう。

 Kさんの場合、近隣にショッピングセンターできるどころか、数年前まであったそれが撤退したばかりというから、価値の下落は加速している。

 そこで、Kさんが近隣マンションの家賃相場を調べてみたところ、同じマンションの空き部屋の募集が3万9000円と6000円も安く出ていたのを発見。それが同じフロアだったのだ。マンション全体でみると、40部屋中8部屋と2割が空室になっており、その状態がここ数カ月続いていたため、近隣相場と比べて家賃は明らかに高くなっているとの結論に達した。

 こうした情報を基にKさんが、管理会社に家賃を下げをしてほしいと最初のメールを出したのが家賃交渉・第一ラウンド開始の合図だった。

「入居者専用アプリで管理会社の担当者に減額のお願いをしましたところ、そのメールが受信されて20分足らずで『ご希望には沿いかねます』と返信がありました」とKさん。引き合いに出していたほかの部屋については、「その金額は現在空室の募集家賃ですので、相場家賃とは異なりますので何卒ご了承ください」と、テンプレートのような文面だったという。

 普通なら、「とりあえずダメモトで言ってはみたけれど、やっぱりダメかぁ」と、がっかりするところ。だが、最初から調停も視野に入れていたKさんは、すぐに次の手を繰り出した。

 今度は「家賃の減額交渉に応じてもらえないのなら、簡易裁判所に調停の手続きをとる」ことを明記したメールを送ったのだ。すると翌日、担当者からこんな返信がきたという。

「減額はできかねますが、一度オーナー様にご相談してみます」

 Kさんはこのとき「前回は大家さんに家賃減額の話をしていなかったのか」と強い不信感を抱いたという。つまり、担当窓口で門前払いされていただけで、話は大家さんまで伝わってなかったのだ。二度めのメールでは返信期日を2週間後に設定しており、もしそれまでに善処してもらえなかったら、調停に手続きに入ることまで明記していたという。

 そして返信期日当日、Kさんが管理会社とやりとりする専用アプリを開いたところ、こんな返信がきていた。

「オーナー様に2000円の減額で承認いただきました」

裁判所に調停を申し立てる

 とりあえず交渉して先方の譲歩を引き出せたのは収穫だったが、Kさんとしては6000円の減額を要求しており、現に同じフロアの物件がその家賃で募集している以上、2000円減額くらいで納得いくわけがない。

 同じフロアの6000円安い部屋は4カ月前から募集が出ていて、繁忙期にさしかかっても決まっていないことから、激安などではなく、それがいまの相場であるという確信を得たという。そこで、すぐに「その金額では合意できないので、これから調停手続きに入ります」との最後通牒を突きつけるメールを送った。

「調停」とは、当事者間で紛争を解決できないときに裁判所に申立てを行って解決する、もっとも簡便な法的手段。減額してほしい家賃額とその理由などを、決まった書式に書いて簡易裁判所に提出すれば、誰でも利用できる。かかる費用は印紙代の数千円だけだ。

 申立てをすれば、民間から選任された調停委員が当事者双方の意見を聞いて解決案を提示してくれる。法的拘束力はないものの、裁判所の法的な手続きであることに変わりなく、それだけで相手方にプレッシャーを与えることができるのがメリットだ。

 ちなみに、このとき、契約満了日が迫っていたため、事前に求められていた更新に同意する文書については、調停後に提出するつもりであることも明記。更新同意書を提出してしまうと調停結果に影響が出る可能性があるかもしれないという、裁判所で聞いた見解を沿えることも忘れなかった。

 調停申立てを通告して交渉決裂が確定した直後、不動産情報サイトを見てみると、Kさんの住んでいるマンションの募集に以下のような変化がみられたという。

・直前までは、40部屋中8部屋だった空室表示が4部屋に半減

・郵便ポストを確認する限り、空室は8部屋のまま

・6000円安かった部屋は、いつのまにか削除されていた

・ひとつ上の階で、数日前に3万9000円で募集されていた部屋は4万3000円になっていた。

 確証はないものの、いずれもKさんの家賃減額交渉の対応のためである可能性は高い。とりわけ、3万9000円で募集していた部屋が、Kさん宅の4万5000円より2000円安い4万3000円になっていたのは、ちょうどKさんに「オーナー様に2000円の減額で承認いただきました」と、管理会社が回答した時期と符合する。

 つまり、店子が黙っている限り家賃は下がらないが、新規募集では近隣相場の変化に柔軟に対応した家賃で募集していることがよくわかる。

調停申立てのあとは疑心暗鬼に

 調停までのプロセスだけをみると、なんの問題もなく淡々と進んだようにも思えるが、Kさん本人の心境は、何か事があるたびに、疑心暗鬼に陥ったり不安にかられたりの連続だったという。Kさんは調停申立て後、職場に管理会社から連絡が来るのではないのかとビクビクしていた。

「調停の申立書に、給与の家賃補助が減額されたことを理由に書いたため、入居申込書に記入した職場にも連絡があるのではないかと思いました」

 もちろん、先方がそこまでするはずがなく杞憂に終わったのだが、何より調停の相手方が大家さんではなく、管理会社だったことに驚いたという。

「調停は大家さんが相手になるとばかり思っていました。大家さんはマンションの最上階に住まわれており、ロビー等ですれ違った際は優しく挨拶してくださるので、調停に出頭していただくのは申し訳ないと感じていました。ところが、裁判所へ調停の書類を持参した際に、契約書の貸主が管理会社になっていることが判明し、ここで初めて相手方が大手サブリース会社だと知りました」

 サブリースとは、賃貸マンションやアパートを一棟まるごと借り上げて、オーナーに代わって賃貸経営を行う契約のこと。この契約スタイルで事業展開するのは、地主相手に賃貸物件の建築から手掛け、入居者とのやりとりもすべて担当する不動産業界の総合サービス企業である。

 そんな大きな組織を相手に交渉するとなると、本当に希望通りになるのか不安に思うのも無理はない。Kさんは、不動産鑑定士による詳細な鑑定結果を出されたり、顧問弁護士が法的な反論をしてくる可能性も考えた。また、郵便ポストにめったに入ることのない分譲マンションのチラシが入っていれば、不動産サイトのブラックリストに乗ってしまったのではないか、おかしな主張をしてくるクレーマー扱いされているのではないのかと、疑心暗鬼に陥ったりもしたという。

「狭い田舎なので、調停委員が知り合い、顔見知りの可能性も大いにあり、またオーナー様も地元で顔がとても広い方のようで、いつか仕事で関わる可能性がなきにしもあらず。そのため不安が募ります」

 こういった地方ならではの事情もあり、初回の調停日が近づくにつれて不安は増幅する一方。もちろん、現実には家賃減額の調停の申立てをしたくらいで、何か不利益を被るなんてことはありえない。相手方の担当者は単なる一サラリーマンであって、多数抱えている物件の対処事案にすぎない。

 万が一、調停不成立となったとしても、家賃が安くならないだけで、店子が損するリスクはゼロである。

満額回答のメール、調停取り下げの依頼

 結末は突然、やってきた。数日後に迫った初回の調停日に向けて、当日口頭で主張する練習に日々励んでいたKさんのもとに、以下のようなメールが送られてきたのである。

「先日、調停の申立書が弊社に届きました。改めてオーナー様と協議を行いましたところ、家賃は原稿の4万5000円から6000円減額した3万9000円にて了承いただきました。つきましては、3万9000円にて契約を更新させていただければと思っておりますが、いかがでしょうか。もし、この条件でご承認いただけるようでしたら、調停につきましても、お取り下げを検討いただけますと幸いです」

 前回、相手方は2000円減額と言っていたのが、Kさんの希望する6000円をそのまま飲む“満額回答”。しかも、不安に感じていた調停に一度も出席することなく、その結果が得られたのだから、気分的にもずいぶん楽になったはず。

 ただし、共益費5000円については、当初から減額交渉に含めてていなかったため、総額でみるとまだ高いという印象は残っていた。そのため、再度、管理会社にその旨連絡すると、さすがに共益費は減額対象にはならないとテンプレ回答がきたという。

 Kさんが裁判所に問い合わせると、たとえ希望通りの家賃となってたとしても、調停開催は可能とのこと。しかし、相手方が家賃減額で満額回答したことから、調停の場ででそれ以上の結果を引き出すのは困難と判断して、これにて一件落着。調停は取り下げて、目前に満了が迫っていた契約は更新することにした。

 心理的な負担は小さくなかったものの、Kさんからの報告メールの文面からは、希望通りの家賃にできた満足感が滲んでいた。

 Kさんの勝因は、いま借りている部屋にできるだけ近い条件での、詳細な募集データを徹底的に調べあげたこと、そして何より、最初から調停という法的手続きも視野に入れていた粘り強い交渉術にある。

 それによって彼女が得たのは、月6000円、年間7万2000円、2年でトータル14万4000円。その分、オーナーや管理会社が丸損をしたかというと、そうとも言えない。もしKさんがめんどうな交渉などせず、とっとと安い物件に引っ越していたなら、以後何カ月も空室となって家賃減額以上の減収となっていた可能性が高いのだから。

 家賃減額交渉は、店子と大家がお互いに損をしないための“大人の知恵”といえるかもしれない。

(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)

日向咲嗣/ジャーナリスト

日向咲嗣/ジャーナリスト

1959年、愛媛県生まれ。大学卒業後、新聞社・編集プロダクションを経てフリーに。「転職」「独立」「失業」問題など職業生活全般をテーマに著作多数。2015年から図書館の民間委託問題についてのレポートを始め、その詳細な取材ブロセスはブログ『ほぼ月刊ツタヤ図書館』でも随時発表している。2018年「貧困ジャーナリズム賞」受賞。

『家賃は今すぐ下げられる!』 3つの行動原則を取ることによって、最終的にめざす究極のゴールは「住居費をいまの半額にすること」である。 もし、来月から月に2万円住居費が安くなったら、自分の生活がどれくらい楽しく変化するかをイメージしてみてほしい。 amazon_associate_logo.jpg

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