古い時代が終わったなら
すべての人に恩赦があるのさ
忌野清志郎が残した名曲「恩赦」の一説である。清志郎は「恩赦 恩赦 恩赦 on your mind」と歌い上げた。
平成が終わり、来る5月1日から令和の時代が始まる。昭和から平成への改元の際には、刑務所や拘置所で恩赦騒動があった。死刑執行や病死、脱獄でもない限り、塀の中のことが外に知らされることはない。
だが、当時、千葉刑務所で服役しながら小説を書き、新日本文学賞を受賞し獄中でデビューした、見沢知廉という作家がいる。10代から左翼活動をしていた見沢は20代で右翼に転向。新右翼の一水会・統一戦線義勇軍書記長に就任する。だが内ゲバでの殺人やイギリス大使館への火炎瓶投擲などで逮捕され、懲役12年の判決を受けたのだ。
見沢のデビュー作となった『天皇ごっこ』(新潮文庫)によると、サンフランシスコ講和条約発効に際した恩赦で出所して、再び罪を犯して刑の中に戻ってきた老囚もそのころ、千葉刑務所にはいて、恩赦への期待感が高まっていた。
昭和最後の日、昭和64年1月7日は土曜日で、刑務作業は昼までで終わる。それを終えて部屋に帰ったところで、懲役囚たちは天皇の崩御を知った。その瞬間は『天皇ごっこ』で、以下のように綴られている。
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いつも通りの音楽番組のアップテンポのハイなメロディーがサッと流れて来ない。ガクッ、とくる。間。これ以上はないといった重い口調でアナウンサーが開口一番、
「けさ崩御された大行天皇の……」
と、モノクロのトーンの言葉をラジオから突然囚人に投げつけた。
その瞬間、各舎房からどよめき、拍手、叫び、唸り、万歳の声、壁を叩く音、絶叫、などが一斉に噴火した。二、三十年いてまだ先も見えぬ多勢の老いた躰は、号泣し抱き合った。
シャバだ! ――誰もが眼前にシャバを見た。今まで遠かったシャバ。遠近法がうんとついた、小さな小さな点のような遙かかなたの別世界が、一挙に手の届く目の前で踊り狂った。
矢吹は、キャーと笑い叫んで壁を乱打し、四つん這いになって部屋の中を走り回った。
白川は、大きな太い声で、「天皇陛下万歳!」とパフォーマンスした。
杉田は、かつてのラッキーがまた来たと、思わず踊った。
川田は痛い腰も年齢も忘れて部屋内をスキップして回った。
永井は左翼の立場も忘れて、「出れる、出れる」とノートと本を持って立って喚いた。
田村は、いよいよ選ばれたるものへの天寵だと全身に鳥肌を立てて感動し、頭の中にジークフリートのモチーフが駆けめぐり、地球はやっぱり自分を中心に回っていると、ひし、と感じてすっくと立って天を仰いだ。
ラジオはすべての番組を中止して、園遊会の録音、玉音放送、昭和史、などのどっぷりとセピア色の音声を忘我の風体で流し続けていた。
隣の七号舎で、左翼セクトが騒ぎ始めた。大きな声で「天皇Xデー攻撃を粉砕し……」と演説する幾つもの声の交叉が激突した。ブザーが鳴り、警備隊が飛んだ。
激しい叫び声。アジは鎮圧されて保護房へブチ込まれた。
昭和は終わった。新元号は平成だ、とラジオは告げるのを忘れなかった。
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