新型コロナウイルスの水際対策の強化措置が3月から緩和される。2月17日現在、外国人の新規入国は原則停止中だが、3月からは一定の条件を満たせば、観光目的ではない外国人の新規入国が認められる。入国者数の上限を現在の1日3500人程度から5000人に引き上げ、ワクチンを3回接種していれば入国後の待機期間は3日間に短縮するという。
国内でオミクロン株の感染が広がってしまった状況では、水際対策の入国制限はほとんど意味がないと1月からいわれていた。実際、世界保健機関(WHO)は1月19日、「国際的な渡航禁止措置に付加的な効果はなく、加盟国の経済的・社会的ストレスの原因となり続けている」と解除または緩和を勧告した。しかし、岸田政権は、こうしたWHOの勧告を無視して今まで“鎖国状態”を続けてきた。
今回の緩和措置に対して、不十分だとの声が早速出てきた。経済同友会の櫻田謙悟代表幹事は記者会見で「なぜ入国者上限数が5000人なのか理由がわからない」と言っている。
日本は20年春から鎖国状態
令和の鎖国は日本の将来を担う若者世代の国際交流に大きな影を落としている。日本政府への抗議の声は世界に広がり、ツイッターでは日本入国を望む人たちがハッシュタグを付けて思いをつづり、1月には「ストップ・ジャパンズ・バン(日本の入国規制を止めろ)」という団体が結成された。1月28日はドイツのほか、イタリアやスペイン、マレーシアなどでも抗議の声が上がり、これまでに300人超が各国の日本大使館前などで抗議行動を行った。
初めての緊急事態宣言が発出されたのが2020年4月7日。日本政府は20年春以降、段階的に入国を制限し始め、全体の95%を占める私費留学生への入国制限が行われてきた。新規入国留学生全体では19年の約12万人が20年は5万人弱に激減し、21年は11月までわずか1万1639人にとどまった。
昨年の11月5日、留学生やビジネス関係者への新規入国を段階的に認めることが発表されたが、それもつかの間、オミクロン株への水際措置強化のため、外国人の新規入国が11月30日から当面の間、停止されることになった。出入国在留管理庁によれば、1月4日時点で、在留資格の事前認定を受けながらも来日できない外国人は約40万人だという。7割が技能実習生や留学生だ。なかでもその影響が懸念されるのが、日本への留学を望みながらも長期的に海外で足止めになっている15.2万人の学生たちだ。
国際教育が専門の一橋大学・太田浩教授は現在の状況に対して次のように警鐘を鳴らす。
「海外にいる留学生からは『日本は批判の多かったオリンピックをやり遂げたのに、どうして留学生は入国できないのか』との質問を受けるが、私は答えに窮する。国際教育交流はオンライン授業だけでは成立しないし、留学生の入国停止は将来の日本社会に大きな負の影響を及ぼす。少子高齢化で人手不足が深刻化するなか、留学生には卒業後、日本の企業に就職して、日本に定住してもらうことが必要だ。大学の交換留学生でいえば、海外は受け入れている一方で、日本は停止している。英語圏の大学は交換留学生数の不均衡に敏感で、今は我慢してくれているが、今年秋にも日本の学生の受け入れ中止が起きるかもしれない」
日本語学習を諦める海外の学生たち
日本の大学で学ぶ留学生は、大学入学前に日本語学校で学ぶ人が6割強といわれる。そういう意味で、日本語学校は留学生の「入口」であり、現在、鎖国政策の影響をまともに受けているのは日本語学校だ。
「留学生といっても、実際はいろいろなタイプがあり、主たる受け入れ対象となる留学生は学校によって異なる。約15万人待機しているうち、9万人ぐらいは日本語学校に来る留学生。5万人ぐらいが大学。日本語学校は一条校(学校教育法第1条に定められた学校の種類)ではないので立場が弱い。非常に困っているけど、大きな声にならない。
大学で困っているのは、近年にできた私立の新設校で、日本人学生だけでは定員が埋まらないところ。そもそも、今は私大の4割が定員未充足という状況で、専門学校にいたっては学生の9割以上が留学生というところが101校もある。東大ほか国立大が困っているのは、大学院を支える留学生が入国できないこと」(太田教授)
日本語を学ぶ人は世界に300万人以上いるといわれる。そのなかで、日本への留学を目指す人は年間約4万人、1%にすぎない。日本にとって貴重な彼らの多くは、何年もかけて留学の準備をしてきた若者たちだ。観光で来日する人たちとは質的にまったく異なる。大学への留学生同様、将来的に日本の一員あるいはパートナーになる可能性が高い人たちだ。
昨年5月、日本語学校有志と留学関連企業が集まり、任意団体「コロナ禍の日本留学の扉を開く会」が設立され、政府への要望ほか情報収集・発信を中心に活動を始めた。同団体には海外の学生たちから悲痛な声が寄せられている。
「日本に移住する という夢を完全に諦めてしまう可能性が高いです。本当は行きたいのですが、もう1年も無駄にしてしまったので、他のことに目を向けなければなりません」(Charis/21 歳・イギリス)
日本語学校教師は失業者多数
愛知県の日本語学校の新設校で校長兼教務主任を務める高村さん(仮名)は現在の状況をこう話す。
「もともと昨年10月に開校予定で、そのときの一期生53名が入国停止になった。いまだ1人の来日も実現していない。授業料収入がないのに校舎も寮も空いたままなので、維持費だけがかかっている。今は二期生40名の査証を申請中で、このままだと開校は早くても4月になりそうだ。当校は入学予定者の母国待機が5カ月目だが、既存校では20年4月から待機している入学予定者もいるという。日本を愛し、日本で勉強をがんばりたいという志の高い若者が世界中にいることを忘れないでほしい」
高村さんによれば、日本語教師のなかには仕事がなくなり、一時的にパートやアルバイトなどをしながら暮らしている人も少なくないという。高村さんの学校も10月の採用予定者を採用延期にせざるを得なかった。
韓国は20年に留学生9万人受け入れ
太田教授は将来的な日本の人材不足に警鐘を鳴らす。
「私がアメリカに留学していたときも『いつ帰る?』なんて話をするのは日本人だけ。他の国の留学生は皆残ろうとする。就職しやすいところに留学するというのは昔からあったし、その点、日本はとても有利だった。人手不足で、留学生も日本で大学を卒業すれば他国に比べて容易に就職できる。だから、日本にとって留学生がいなくなるのは、長い目で見ると、働き手がいなくなることであり、人材が枯渇するということだ」
留学生の入国問題、日本以外はほぼ正常に戻っている。
「2018年、イギリスには留学生が47万人ぐらいいた。2030年までに60万人にするという計画を2019年に立てたが、これを昨年達成してしまった。ジョンソン首相がワクチン接種済みは隔離なしという政策を早くからとっていたためだ。同じ島国だが、日本とはだいぶ違う。韓国は2020年でも9万人近い留学生を受け入れた」(太田教授)
ちなみにイギリスは、2月11日にワクチン接種済みの旅行者と若者に対して新型コロナ関連の入国制限を解除した。日本と同様、厳しい入国制限を続けていたオーストラリアも2月7日、ワクチン接種済みを条件にすべての入国制限解除を発表した。留学生の受け入れについては先行して1月にモリソン首相が声明を出した。これについて、太田教授はこう話す。
「これから数カ月間、ビザ申請料(630豪ドル=約5万2千円)を無料にするし、すでに払った人には入国時に返すと約束した。さらに、留学生のアルバイト上限時間、1週間で20時間も緩和した。これまで待ってくれた留学生への感謝の気持ちとしている。オーストラリアの大学は学生の10人に2人が留学生で、大学の収入の3~4割は留学生が支払う高額の授業料で占められているので、入国制限を続ければ大学はもたない。そうした事情があるにせよ、モリソン首相はしっかりした声明を自ら出した。岸田首相にも出してほしい」
日本に留学しようと待っていた外国人の中には、日本留学を諦めて留学先を変更する人が増えているという。そんな日本を尻目に世界の人材獲得競争は進んでいる。今後、岸田首相は有効な方策を打ち出せるのか。
(文=横山渉/フリージャーナリスト)