国際原子力機関(IAEA)は10日、ロシア軍占拠下にあるウクライナのチェルノブイリ原子力発電所との全ての通信が途絶えたと発表した。昨日まではサイト関係者とウクライナ当局と電子メールなどを通じて通信ができていたという。
9日にはウクライナ領内のロシア軍占拠下の複数の原発で外部電源喪失の報告(その後、電力復旧という情報もあり、IAEAは事実確認を進めている)もあった。ロシア軍によるウクライナ侵攻の前日である2月24日から、チェルノブイリ原発の職員が交代できず、極度のプレッシャーの中で安全管理業務を続けていることに対し、IAEAのラファエル・マリアーノ・グロッシー事務局長は懸念を示している。
9日には一時外部電源喪失
同日発表されたプレスリリース『Update 17 – IAEA Director General Statement on Situation in Ukraine』によると、チェルノブイリ原発などロシア軍占領下の原発では9日、外部電源が喪失した。その後、電力は復旧したとの報告を受け、IAEAが事実関係の確認を求めている。
通信が途絶える前にIAEAがウクライナ当局から受け取った情報によると、「サイトの両方の電力線が損傷しており、事実上、グリッド(送電網)から切断されていた」という。継続的な電力を確保するには、これらの電力線を修理するか、燃料を2日間保持する非常用ディーゼル発電機に追加の燃料を供給する必要があるとしている。
ウクライナ当局は「非常用ディーゼル発電機は、使用済み核燃料や水管理、化学水処理など、安全上重要な電力システムであり、オペレーターは放射線監視、換気システム、通常の機能などの一部の機能を維持できなかった」と付け加えたという。
一方でIAEAは、ウクライナ当局からの報告などを踏まえ、使用済み燃料プールなどの冷却水の量は十分であり、「外部電源の一時的な喪失はさまざまな放射性廃棄物管理施設が配置されているサイトの重要な安全機能に重大な影響を与えない。いずれの設備も電力供給がなくても、使用済み核燃料の熱除去は維持される」との見解を示している。
また、同サイトの使用済み燃料貯蔵施設の安全分析レポートを踏まえたうえで、非常用ディーゼル発電機から供給される電力を含む全電力が喪失した場合でも「重要な安全システムに影響はない」との見方を示し、「使用済燃料貯蔵プールの構造やシステムに現在損傷はなく、本来の機能を維持していることを確認した」とした。
最大の問題はハードではなく職員の消耗か
一方でIAEAは軍事占領下という極度のストレス状態に置かれている原発職員の消耗状態を懸念する。ウクライナ当局の話として、「非常用電源が失われた場合でも、原発職員が使用済み燃料プールの水位と温度を監視することは可能だ」との見解を伝える一方、(外部電源が喪失状況下では)施設の換気が十分ではなくなるため、放射線下での安全労働条件が悪化する中でそうした作業を実施することになるため、「運用上の放射線安全手順に従うことができないだろう」とした。
グロッシー事務局長は、「ロシア軍が2月24日にチェルノブイリの支配権を握る前日以来、交代することができなかったチェルノブイリ原発のスタッフの(心身のコンディションの)悪化と消耗状態について警戒している」と表明。「重要な安全の柱を危うくしている。運用スタッフは安全とセキュリティの義務を果たし、過度の圧力から解放された意思決定を行う能力を持たなければならない」と述べ、ロシア軍の侵攻から2週間以上経過し、その間、交代なしの過重労働のストレスに加え、今回の通信途絶に伴うコミュニケーションの完全な喪失に警戒感を示した。
原発事故後、東京電力福島第1原発の原子炉の冷温停止状態の安全管理を担当した経験のある元社員は次のようにチェルノブイリの職員らの身上を慮った。
「どれほど優れた設備であっても、それを維持管理する人間がいなければ、安全は確保できません。福島とチェルノブイリの現状はかなり違いますが、一般論として、冷温停止状態で廃炉作業中の原子炉であっても、各種パラメーターのチェックやパトロールなどは必須で、いずれも非常に神経を使う仕事です。外部電源の喪失は、それが仮に一時に過ぎないものだとしても、原発運転員にとって悪夢です。福島第一原発事故が深刻なものになった大きな要因のひとつであることは言うまでもありません。非常用ディーゼル発電機が途中で故障したり、補給が来る前に燃料が尽きたりしないかどうか、気をもみながら外部電源が復旧するまで、極度の緊張状態におかれます。
それに加えて、外国の軍隊が周囲にいるというのははかり知れないプレッシャーがあると思います。しかも、ウクライナ当局など外部との通信が途絶えて満足なコミュニケーションも取れないなんて……。疲労とストレスはミスを招きます。ちゃんと食事や睡眠を取れているのでしょうか。自分のことのように心配です」
(文=Business Journal編集部)