富川悠太アナの変心…トヨタ所属ジャーナリスト自称が象徴する経済ジャーナリズムの死

　テレビ朝日を3月31日付で退社した元アナウンサーの富川悠太氏（45）が、自身の公式サイトを立ち上げ、「4月より新天地、トヨタ自動車株式会社の所属ジャーナリストとして新たな一歩を踏み出しました。これまでの現場経験を生かした『本当のこと』への追及と挑戦を続けていく覚悟です」と決意をつづった。ジャーナリストを名乗るのは個人の自由だが、「トヨタ所属ジャーナリスト」という発言に違和感を覚えた人は多いだろう。

　富川氏は1976年9月、愛知県生まれ。横浜国立大学教育学部を卒業し、99年、テレビ朝日に入社。04年4月の『報道ステーション』開始時からフィールドリポーターとして現場取材を重ねた。16年、古舘伊知郎氏の後任として『報ステ』のメインキャスターに就任した。

　昨年4月、新型コロナウイルスに感染した際の公表プロセスにおける不手際から批判を浴びた。会社や上司に報告せず出演を続けたことが週刊誌の報道で明らかになったが、『報ステ』では通り一辺倒の発表しかしなかった。それが視聴者の怒りを買って、抗議メールが殺到した。

「最初から富川アナがコロナ感染を時系列につまびらかにし、率直に説明したらこういうことにはならなかった。『視聴者に届く言葉をもっているかどうか』がアナウンサー、キャスターの重要な資質だが、富川アナは自分の言葉で視聴者に呼びかけることができなかった」（放送記者）

　昨年10月、元NHKの大越健介氏（60）がMCに抜擢されたのに伴い、月～木のメインキャスターの座を奪われ、出演は金曜のみとなっていた。「事実上の降格」（前出・放送記者）で、7年間、出演した『報ステ』を3月いっぱいで卒業。富川氏は父親が役員を務めたトヨタに転職した。トヨタには、香川照之氏のCMでおなじみの「トヨタイムズ」がある。富川氏は「これからもニュースの現場に立ちます」とコメントしている。

記者クラブ体制がもたらした弊害

　だが、「トヨタ所属のジャーナリストなどあり得るのか」という疑問の声が広がっている。新聞社や通信社、出版社、テレビ局などのマスコミも営利企業だが、社会的に言論機関として認知されており、報道機関としての行動規範がある。だが、トヨタは報道機関ではないし、「『トヨタイムズ』は豊田章男社長自らが自身の存在をアピールする場になっている。豊田社長を過度に崇拝する、気持ち悪いCMとして悪評が立っている」（前出・放送記者）。

　もし、トヨタ所属のジャーナリストが自動車業界の話を取材して報道しても、受け手側は「トヨタの宣伝」としか見なさない。企業に所属した時点で、それは文字通り企業のアナウンサー＝広報マンである。なぜ「トヨタに就職しました」ではないのか。テレビ朝日の早河洋会長が記者会見で、富川氏のトヨタ入りに関して「びっくりした」と語っていたが、「その発言の裏にある含意に少しでも気が付けば、トヨタ所属のジャーナリストなどという名乗り方はしなかったはずだ」（前出・放送記者）。

　その一方で、富川悠太氏が何の臆面もなくトヨタ所属ジャーナリストを名乗ったことが、経済ジャーナリズムが今、抱えている問題をあぶりだしたとの指摘もある。経済ジャーナリズムには「企業の発表ネタのタレ流し」「企業側のリークをスクープと評して大々的に報じる悪弊がある」と常々指摘されてきた。「発表ジャーナリズム体制」といわれるが、コロナ禍で大手企業のトップだけでなく広報担当者までが平気で横車を押すようになった。

　そして、日本のメディアの最大の問題点は記者クラブ制度だと、クラブに所属していない雑誌系メディアやフリーライターからは指摘され続けている。情報を出す政界や官界、企業が記者クラブを通してメディア全体を管理している状態だ。記者クラブ所属の記者は、目に見えない暗黙の報道協定にがんじがらめに縛られている。

　そして企業は情報を小出しにしてメディアをコントロールし、メディアは情報をとるために企業にすり寄る。富川氏がトヨタ所属ジャーナリストを名乗るのは、記者クラブ体制がもたらした弊害を浮き彫りにしている。もしトヨタが不祥事を起こした場合に、富川氏はジャーナリストとして「本当のこと」を書けるのだろうか。

（文＝Business Journal編集部）