東京・国分寺市のクリニックの医師が電子カルテの入力を誤り、通常の100倍にあたるモルヒネを処方し、93歳の患者男性が死亡した。処方箋を受け付けた薬局の薬剤師が間違いに気づかず薬を調剤し、患者が服用したことが死亡につながったとして、その医師と薬剤師は業務上過失致死の疑いで書類送検された。命を守るべき医療の現場で、起きてはならない事故である。
モルヒネは、がん性疼痛(がんによる強い痛み)に使用される薬であり、強い鎮痛効果を持つ。モルヒネは麻薬の一種で、医療現場での取り扱いにも厳しい規制があり、処方にミスが起こりにくいはずだ。
モルヒネの処方経験もあるくぼたクリニック松戸五香院長の窪田徹矢医師は、今回のケースでは、なんらかの原因でチェック機能が働かなかったのではないかと推測する。
「一般的にモルヒネ原末であれば、その投与量は1回5〜10mg、1日15mgです。症状によって増量することはありますが、モルヒネの処方が初めてではない場合、それまでの処方の履歴がありますし、薬局の薬剤師さんもその履歴と比較してあまりにも量が違う場合は、医師に直接確認するのが職責だと思います。そういったチェク機能が働かなかったシステム上の理由があるのかなと感じています」
通常、モルヒネなどの麻薬の処方は麻薬処方箋を発行するが、通常の処方箋と異なり、さまざまなルールが課せられている。医師が麻薬処方箋を発行する場合、都道府県知事から麻薬施用者免許を受ける必要がある。処方箋には以下の7項目を記載することが義務付けらており、処方箋を発行する医師は細心の注意を払う。
(1)患者の氏名、年齢(または生年月日)
(2)患者の住所
(3)麻薬の品名、分量、用法、用量(投薬日数を含む)
(4)処方箋の使用期間(有効期間)
(5)処方箋発行年月日
(6)麻薬施用者の記名押印または署名、免許番号
(7)麻薬診療施設の名称、所在地
一方の薬局では麻薬処方箋を受け付けた際、は処方箋に不備がないか、用量は間違いないかを入念にチェックし、調剤を行う。昨今の調剤薬局では、ハード面の開発が進み、調剤過誤に備えさまざまな機能を備えている。
たとえば、処方箋の内容を入力するレセコン(レセプトコンピュータ)では、常用量を超えている場合や併用してはいけない薬が複数処方されている場合には、アラートが出る。また、薬剤師が患者に薬を渡す際には、その内容を薬歴システムに記録するが、薬歴システムでも前回までと処方される量が違う場合、一目でわかるような機能があり、今回の件では薬剤師によるチェックが甘かったと感じる。
繰り返される医療過誤
医師の処方ミスや薬剤師による調剤過誤は、後を絶たない。この数年の事例を見ても、患者が死亡に至ったケースや重い後遺症が残ったケースがある。
筆者の薬剤師としての経験から、あくまで個人的見解ではあるが、そういった調剤過誤を引き起こす理由の一つは、一部の薬局の利益主義にあると感じる。利益優先に考える薬局は、薬剤師の人件費を抑えたいがあまり、経験のない薬剤師を低賃金で雇用し、1人でも欠ければ、現場が回らないほどの少人数で運営しているケースがある。
調剤過誤に対しても、「薬剤師とはいえ人間がすることで、間違いは起きる」といった考えを持たず、ミスを深刻に受け止めていない薬局があることも事実だ。薬局のモラルは、経営者によって大きく異なり、薬剤師のスキルも個人差が大きい。
また、IT化が進んでも、その波に乗れない薬剤師も一定数いることも問題だ。厚生労働省は、薬局や薬剤師のあり方にもっと厳しい条件を求めるべきであり、今回のモルヒネの調剤過誤を受け、なんらかの対策を、薬局を含む医療機関に求めるべきだろう。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)