韓国と北朝鮮の“ハイブリッド戦争”が加速している――北朝鮮の金正恩国務委員長は5月に開かれた在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)全体大会に合わせて書簡を送り、在日本大韓民国民団(民団)などとの「民族団結事業」を強化するように指示した。
金委員長は書簡で「(朝鮮)総連は民族大団結の旗印の下、民団をはじめとする組織外同胞との民族団結事業を強化して統一愛国勢力を一層拡大し、彼らとの共同行動、共同闘争を活発に展開すべきだ」と伝えている。これに対して、民団の呂健二中央本部団長は6月に発表した談話文で「北の主体思想に民団を引き込んで共同行動により統一愛国勢力を拡大せよという指令」「朝鮮総連の策動に扇動されてはならない」と反発した。
民団と朝鮮総連は対立を繰り返してきた歴史があり、北朝鮮の指導者が民団に言及して朝鮮総連に連携を促すのは異例だ。この真意は何なのか。以下、元駐日韓国大使館公使で「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏が読み解く。
反共から対北融和に転じた旧統一教会
金正恩の書簡の話からは少しそれますが、安倍晋三元首相が銃撃で亡くなった事件以降、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と日本の政治家との関係が注目されています。旧統一教会の教祖・文鮮明氏は反共主義者で、東西冷戦の最前線だった韓国で反共政権に協力し、ベトナム戦争が本格化する1965年には世界布教の拠点を米国に移し、1968年に国際勝共連合を設立しました。
国際勝共連合は韓・日・米の反共保守政治家たちとの連携を強化し、政治的に支援してきました。日本の自民党が反共勢力を後援団体にするのは自然なことで、旧統一教会は自民党が保っている多くの利益団体や宗教組織との友好関係の一つにすぎません。旧統一教会は派手な布教活動が物議を醸し、メディアから非難されましたが、どの国の安全保障も脅かしたことはないといえます。
東西冷戦の終結で、旧統一教会の布教路線には変化が生じます。「国際勝共」から「世界平和」を強調するようになったのが目立ちます。文鮮明氏が韓国政府と摩擦を起こしながら1991年12月に平壌を訪問し、金日成と義兄弟の関係を結んだことは、その路線変化を象徴します。旧統一教会は経済的に困窮していた金日成を助けるため、大々的な金剛山観光開発プロジェクトを推進します。依然として中共に対する警戒は緩めなかったのですが、日本では破防法に基づく監視団体であり“朝鮮労働党日本支部”の朝総連に対して、柔和的・友好的な姿勢に転じました。
ところで、旧統一教会と平壌側の接触は、はじめから朝鮮労働党の工作部門である党対外情報調査部のラインを通じて行われ、その後も労働党の対外工作を総括する「対南秘書」(党統一戦線部長や朝鮮アジア太平洋平和委員長などを兼任する場合もある)が旧統一教会工作を指揮しています。旧統一教会が平壌で行うビジネスなどは徹底して朝鮮労働党の監視・監督を受けているのは公然たる事実で、韓国政府の立場としては、旧統一教会は南北関係における厄介な撹乱要素といえます。
旧統一教会の対北プロジェクトの責任者は、韓国当局の干渉を避けるため米国国籍を取りました。旧統一教会は日本で反共の民団とチュチェ思想の朝総連を和解させる役目を自認し、多くの韓国人から顰蹙を買いました。「労働党の肩を持つ」旧統一教会の教条的な態度の変化は、少なからぬ信者たちに混乱を起こしているはずです。
旧統一教会が信徒たちを「搾取」したと言われますが、金日成王朝が自由社会を破壊し、人民たち、特に在日コリアンまで搾取し、さらには脱税などで日本の富を盗んだ規模とは比べられないと思います。しかし、宗教指導者が結果的にテロ国家をかばったことは、いかなる動機でも認められるものではないでしょう。
「旧統一教会叩き」が過熱する裏事情
今、旧統一教会の政界工作が問題になっていますが、私に言わせれば、旧統一教会関係者の後援を得た政治家より、朝総連と金銭的支援を含む不透明な癒着関係を持ち、朝総連を庇護してきた政治家やメディアの方が問題だと思います。
さらに言えば、「台湾の有事は日本の有事」と言いながらも、中国の新疆ウイグル自治区でのジェノサイドをはじめ、チベット、南モンゴル、香港などの「深刻な人権状況」には沈黙する日本の隠れ親中派たちの偽善を「旧統一教会叩き」で覆おうとする動きすら感じられます。
今、日韓間には元徴用工や元慰安婦などの問題がありますが、これには日韓を分断しようとする平壌や北京側の巧みな謀略工作が介在していることを直視すべきです。
いずれにしろ、今回の「金正恩の書簡」で「総連隆盛の新時代」のための学習会が日本中の朝総連の各級組織で行われており、その中で、前述した4つの具体的指示の実行を決議するわけです。
これから、朝総連の職業的革命家たちが、平壌からの課業実行のため、対民団工作、日本社会への工作、韓国の尹錫悦政権転覆工作、日韓分断工作に蠢動するでしょう。特に、ここ何十年間観察された彼らの行動から、日韓関係を破綻させる世論工作、つまりメディア工作に力を入れるでしょう。
私は以前から、韓国の文在寅集団について「本性は職業革命家集団である」と指摘してきました。文在寅は2018年9月に平壌を訪問したとき、全世界に向けて「金正恩との連邦制」を宣言した反逆の確信犯・職業的革命家なのです。
だから、朝総連は、革命の同志である文在寅などが尹錫悦政権によって逮捕、処罰されないよう立ち上がり、メディアや政界に対する工作など、ありとあらゆる統一戦線活動に総力を尽くすはずです。それで、誰が金正恩のためのプロパガンダ工作に協力するのかも明らかになるでしょう。「チュチェ革命」への協力者・シンパを識別できる機会でもあります。