過去の五輪では、運営資金を集めるためにも、財界のトップが就任するのが慣例となっている。
1964年の東京夏季五輪では前任者の辞任など紆余曲折を経て、日本原子力発電の初代社長で九州経済連合会会長や九州電力会長を務めた安川第五郎氏が会長に就いた。98年の長野冬季五輪では、第6代経団連会長を務めた斎藤英四郎・元新日本製鐵名誉会長が組織委員会を率いた。五輪ではないが、2002年の日韓共催サッカー・ワールドカップでは、当時の経団連副会長で東京電力会長だった那須翔氏が日本側の会長を務めた。
次の東京五輪組織委会長は誰なのか。
本命は、20年の五輪開催を目指した東京招致委員会評議会委員で日本体育協会会長の張富士夫・トヨタ自動車名誉会長といわれている。国際オリンピック委員会(IOC)総会開催直前の招致委の会見で「2020年に五輪が東京で行われるならトヨタは真っ先にスポンサーになる」と述べ、トヨタ自動車が支援することを約束した。開催を勝ち取ったからには組織委会長として運営に関与するのが当然な成り行きだ。最大のネックは年齢。今年76歳で、7年後には83歳になる。
経済同友会副代表幹事で東京オリンピック・パラリンピック推進プロジェクトチーム委員長を務めた新浪剛史・ローソン最高経営責任者(CEO)を、張氏の対抗馬と見る向きがある。安倍政権の経済成長戦略を担う、産業競争力会議のメンバーだ。また、新浪氏は経済同友会を代表して今回の招致に深く関わってきた。もちろん同友会は新浪氏を全面的にバックアップしており、同友会の次期代表幹事は新浪氏といった見方も出始めているため、張氏の立派な対抗馬になるかもしれない。年齢は54歳と若いが、新浪氏の会長の可能性は、安倍政権がいつまで続くかにかかっている。
最近の五輪では、ロンドン五輪が招致委委員長だったセバスチャン・コー氏、16年のリオデジャネイロ五輪も招致委会長のカルロス・ヌズマン氏が横滑りで組織委会長に就いた。東京招致委の竹田恒和JOC会長が、そのまま組織委会長に就任する可能性を取り沙汰する向きがあるが、こうした人事案に、ある財界関係者は次のように否定的な見解を示す。
「世界がある程度知っているグローバル企業がいい。資金集めが目的なのだから、尊敬される経営者じゃないと資金が集まらない。年齢が若すぎても、資金集めは難しい。経団連と違って経済同友会は元来、集金組織ではない。そうなると、経団連副会長経験者で70歳前後が妥当なところだろう」
●決定打欠く大物財界人たち
例えば、トヨタなら渡辺捷昭・前社長(71)というカードが切れるのだが、いかんせん「豊田章男現社長が渡辺さんを切った」(トヨタの元役員)という経緯があるため、可能性は極めて低い。
新日鐵住金の宗岡正二会長(67)は根っからの財界嫌いで、資金集めの仕事も大嫌いだ。「全日本柔道連盟の会長は、東大柔道部の主将をやったから受けたが、組織委会長は絶対に受けないだろう」(経団連関係者)とみられている。むしろ新日鐵なら三村明夫相談役(72)が適任だ。11月に日本商工会議所会頭になる。任期は3年で通常は2期。つまり6年間は日商会頭。日商会頭をやりながら組織委会長というのは据わりもいい。そして五輪のある2020年には、日商会頭は任期を終了している。
財界の首脳は「三村さんは組織委会長をやりたがっている。本人はやる気満々だ」と証言する。ただ、財界での評判はいまいちのところがある。安倍首相や菅義偉・官房長官とのパイプもない。三村氏の頼みの綱は、新日鐵が自動車用鋼板を売っているトヨタで、三村氏がトヨタの豊田章一郎名誉会長に頭を下げて支援を取り付ければ、張氏も協力するだろうとの見方もある。ほかに考えられる候補は三菱商事の小島順彦会長(71)で、「打診されれば受ける」(元経団連副会長)といわれている。
東京五輪の実施主体は東京都だが、招致活動の後半から決定後は国が前面に出てきた。組織委会長の人選は安倍首相の意向が大きく反映される。葛西敬之・JR東海会長(72)や古森重隆・富士フイルムホールディングス会長(74)ら、安倍首相と親しい経済人が浮上してくるかもしれない。
そして大穴候補とみられているのが、東京五輪前年の2019年に開催されるラグビー・ワールドカップ日本大会の組織委会長である御手洗冨士夫・キヤノン社長兼会長(78)である。年齢的には張氏より高齢だが、五輪招致立役者の一人である森元首相とも近い。オリンピックとカメラは切っても切れない関係があり、キヤノンにとっても東京五輪は大きなビジネスチャンスだ。
東京五輪組織委の会長は、五輪運営や資金集めのカギを握るポストゆえ、その人事に関係者や財界の注目が集まっている。
(文=編集部)