昨年末、岸田文雄首相が2027年度に防衛関連予算を国内総生産(GDP)比2%に増額し、2023~27年度の中期防衛力整備計画(中期防)の規模を43兆円とする方針を示した。財源は税金や国債、そしてコロナ対策費などを充てる予定だ。
しかし、財源に関して「ただでさえ生活が苦しいのに増税されたら生活ができない」「国債を充てたら次世代の負債となる」「まだコロナは収束していないのに、コロナ対策費の予算を減らせない」といった反対の声や、増額した防衛予算の用途がトマホークなど米国の兵器購入であることに対して「アメリカのオンボロ兵器を無理矢理購入させられているだけ」という疑念の声も聞かれる。
2月8日、衆議院第二会館で「平和を求め、軍拡を許さない女たちの会」の集会が開催され、今回の防衛費予算拡大に関して議論が白熱した。
同会は女性ジャーナリスト、女性経営者、女性弁護士などで構成され、「税金を軍拡ではなく少子化や教育、社会的弱者への支援、子どもの未来のための政策に使っていくよう政府に要請する」という趣旨で活動している。
登壇者は、 竹信三恵子氏(ジャーナリスト・和光大学名誉教授)、杉浦ひとみ氏(弁護士)、上野千鶴子氏(NPO法人ウィメンズアクションネットワーク理事長、東京大学名誉教授)、前田佳子氏(日本女医会会長)、田中優子氏(法政大前総長、社会学者)、奥谷禮子氏(ザ・アール創業者)、伊藤和子氏(ヒューマンライツナウ副理事長、弁護士)、和田静香氏氏(ライター)、菱山南帆子氏(市民運動家)、福田和香子氏(元SEALDsの活動家)、東村アキコ氏(漫画家)のほか、各政党から山本太郎氏(れいわ新撰組代表)、福島みずほ氏(社会民主党代表)、立花孝志氏(NHK党代表)らの議員も参加した。
野党議員の演説
集会の冒頭では各党から議員が演説した。
福島みずほ氏は、「敵地攻撃能力は、アメリカの指示で日本が戦争に加担させられかねない。岸田政権は税金を使って軍事工場に国有化しようとしているが、戦前のような政策だ」と述べ、政府の方針を批判した。
政府は、昨年末に改定した安全保障関連3文書にも防衛産業支援の必要性を明記し、自民党国防部会と安全保障調査会は、経営困難な軍事工場などを国が一時的に買い取り、受け皿企業が見つかるまで、別の企業に生産を委託するという生産基盤強化法案を審議し、月内に国会提出する予定だ。
さらに、装備品に関する情報漏洩対策も強化し、海外輸出にかかる企業の負担の一部を国が助成するための基金創設も法案に明記。2023年度予算案には400億円を計上している。主にリベラル派から問題視されている法案でもあるが、自衛隊の装備品を製造する防衛産業は利益率が低いことなどから、企業の撤退が相次いでいることも事実だ。
山本太郎氏は、「外交努力なく軍事費だけ増強しようとして、戦争という公共事業で国内経済を潤わせようとしている」と、軍事ケインズ主義に触れて政府を非難した。ケインズの経済理論において、アメリカやイギリスのような大国は「戦争を頻繁に行うことを公共政策の要とし、武器や軍需品に巨額の支出を行い、巨大な常備軍を持つことによって豊かな資本主義社会を持続させようとする」ことがあるという。
ただし、軍事ケインズ主義は「戦争をすると、国民の命や財産が大量に失われ、国土が荒廃することで、当初期待された経済活性化の効果以上の損失がもたらされる可能性がある」といった矛盾が生じる。実際にアメリカは、ベトナム戦争でベトナムから撤退を余儀なくされた。また、敗戦した時の経済打撃は凄まじく、1935年の日本の国富は1243億円だったが、第二次世界大戦敗戦後は496億円まで落ちた。
山本氏は「軍備だけ強くて経済ボロボロの国になる」と懸念する。軍事ケインズ主義には「軍備費のみ増強すると、国際競争を優位に導くための民間設備投資に十分な資本が向かなくなるので、産業の衰退・空洞化を招く」という批判もある。
立花孝志氏は、あえて小声で「NHKをぶっ壊す」というお馴染みのキャッチフレーズから始め、「今回は小声です。我々の党は軍事費増強を勧めていますが、国民の命を守ろうとする点では(ほかの野党と)変わりません。本日は勉強をさせていただけましたら幸いです」と述べた。そのうえで、「ガーシーがお騒がせして申し訳ございません」と独自の“立花節”を展開して場を盛り上げた。
「平和を求め、軍拡を許さない女たちの会」の会員たち
議員の挨拶後は、同会の女性たちの演説だ。田中優子氏は、「首相は台湾有事が日本有事であることのように語っています。しかし、日中共同声明では、『中華人民共和国が中国の唯一の合同政府』だという合意をしているのです」と述べ、首相の見識に疑問を投げた。
日中共同声明は1972年に日本側は田中角栄首相、中国側は周恩来首相(いずれも当時)との間に調印された日中国交正常化に関する合意文書だ。
日本側は中華人民共和国を中国唯一の合法政権であることを承認し、中国側は対日賠償請求権を放棄するという内容だ。この合意によって日中戦争から戦後にかけて断絶していた両国の国交が回復すると共に、日本は「一つの中国」の原則を尊重するため、日華平和条約を破棄して中華民国(台湾政府)と断交した。
福田和歌子氏は、「こんな社会で私は子育てしたくありません。コロナ禍で配られたのは10万円のみ。生活が困窮しているのに、軍事費増強に予算を使っている場合じゃない。戦争は『もっとも有害な男らしさの主張』であり、巻き込まれたくない」と述べ、軍事費増強や戦争に反対した。
上野千鶴子氏は、「今の日本のメディアは戦争を煽っている。メディアにぜひ、(同会について)こういった意見があることも報道してほしい。メディアにより世論が創られる」と主張し、「日本がアメリカの支持する政策の言いなりにならないためにどうすればよいか?」という質問に対しては、「世論が繰り返し『NO』といえばよい」と主張。
同会は署名サイト「Change.org」で署名を集め、集会後に署名名簿を自民党含めた各党と連合に提出した。同会は署名の目的について、次のように説明する。
「経済成長が鈍化している日本が、巨額の税金を軍事費に投入することへのしわ寄せは、女性や子ども、性的マイノリティなど社会的弱者に必ず向かいます。私たちは、軍拡にこれほど巨額の税金を投じるのではなく、その税金を少子化や教育、社会的弱者への支援、子どもの未来のための政策に使っていくよう強く求めていきたく、署名を立ち上げました」
また、 同会は「政治が変わらないと何も変わらない。(同会の今後の活動として)各地方から女性議員をどんどん出していく。女性なら誰でもよいのではなく、例えば『夫婦選択的別姓に賛成か反対か』など政策の選択に関して基準を設ける」として、政治にも参画する意向を示した。
「女性主導」という観点からも、同会の今後の活動が注目される。