一方、WHO(世界保健機関)の調査によると、精液中の精子の数が少ない等の理由による男性側の原因による不妊は、約48%もあるそうです。不妊原因が男性にある場合、女性がどんな治療をしようとも、まったく無意味であることは言うまでもありません。
しかし、男性の不妊への取り組みの意欲は、女性と比べて著しく低いのです。不妊クリニックに姿を現さず、妻に精子を運ばせて妻だけで人工授精を受けさせる、というひどい例もあるそうです。
男性は、生殖問題に対して極めてナーバスなのです。不妊と診断されても治療や生殖手段はあるのに、「男として存在を否定される」かのように思い込み、一貫してクリニックでの診察を拒み続けるのです(「ニューズウィーク日本版」<阪急コミュニケーションズ/2013年11月26日号、P.48>)。
●不妊治療がさらに心を痛めつける負の連鎖に
これらの事実は、子どもを強く望むカップルを、特に女性を、肉体的にも精神的にも追いつめます。
残された時間は少なく、時間が経過するにつれ事態は悪化方向にしか進まず、排卵は月に1回しかなく、加えて、男性不妊を直視しようとしない「臆病」で「卑怯」なパートナーが、残された女性の貴重な時間を、いたずらに喰い潰します。
そして、女性側の不妊治療は、多くの場合、激痛を伴うものであり、そして、その費用は高額です(例えば、体外受精の費用は1回当たり25~50万円)が、不妊治療を試みる多くの女性は許された期間中、妊娠に成功するまで何度でも不妊治療を繰り返すのです。
この日本では、「子どもが欲しい」というごく普通の想いを、いつのまにか「子どもができないこと=自分が不完全な人間である」という思い込みに転じてさせてしまう仕組みができています(『生殖技術――不妊治療と再生医療は社会に何をもたらすか』<柘植あづみ/みすず書房>)。
私たち日本人は、不妊の話題をタブー化して、例えば「卵子の老化」のような知識すら持っていません(フランスでは、普通教育過程で教えるそうです)。例えば、40歳以上になって初めて不妊クリニックに駆けこむ人数の多さでは、先進国中で最悪のレベルにあるそうです。
加えて、生殖医療の技術進歩が、不妊治療をあきらめさせてくれなくなり、当事者たちを、さらなる闇に沈めていきます。
このような、負のフィードバックに翻弄されながら、自分の心と体を蝕ませていく女性(男性も)が、今の日本に、10万人のオーダで存在しているのです。
では、前回と今回の内容をまとめます。
(1)いわゆる不妊治療の代表的な方法としては、「タイミング調整」「人工授精」「体外受精」がある。
(2)不妊治療による出産の可能性は(当初私が考えていたよりはるかに)低い。
(3)女性の年齢の上昇に従って妊娠の可能性は低下し、「卵子の老化」というタイムリミットや周囲の無理解が、出産を望む多くのカップル(特に女性)を苦しめ続けているという現実がある。
次回は、「これらの問題を解決する方法はないのか」という視点で、現状の生殖医療技術の可能性から現段階では存在していない方法(SF等)までも含めて、検討していきたいと思います。
(文=江端智一)
なお、図、表、グラフを含んだ完全版は、こちら(http://biz-journal.jp/2014/post_3825.html)から、ご覧いただけます。
※本記事へのコメントは、筆者・江端氏HP上の専用コーナー(http://www.kobore.net/kekkon.html)へお寄せください。