そもそもこの上海福喜食品は大手米国食肉企業の関連会社であり、当然、食品の製造工程における品質管理システム、いわゆるHACCPに対応した高衛生な大規模施設であることからも、高い水準の品質管理が行われてきたといえます。しかし、そうした工場でさえこのような状況が発生するところに、食品の安全性を担保する上での大きな課題が存在します。
通常、加工食品を生産委託する場合、その商品スペックを細かく設定しますし、それがきちんと守られているかどうか査察に入りますので、「まっとうに」ビジネスを行っている以上はこのような事態は発生しません。先進国の常識としては、こういった証憑と査察が条件になっていれば、ビジネスに間違いが発生する可能性はかなり低いので、「十分に管理されている」と認識されるでしょう。だからこそ、上海福喜食品はこれまで幅広く商品を納品してこられたわけであり、管理レベルに問題点を探しても、容易に改善できるような状況ではない、より問題の根が深いことを認識する必要があります。
以前、食品への農薬混入事件が中国でも日本国内でも発生しましたが、基本的に根は同じで、関係者の一部にコンプライアンスレベルが極端に低い状況が存在するということです。社会の熟度によってコンプライアンスレベルは向上・均一化される傾向にありますが、高いレベルと低いレベルが混在している状況では、どこかに穴が開いてしまいます。
今回の事件では意図的に「廃棄すべき原料を使った」という、納入業者か納入担当のどこかで不正が行われたということになるので、その担当者のコンプライアンスレベルが著しく低かったことに起因します。しかし、ビジネスは多くの人間で行うため、すべての人間のレベルが均一に高い状態を、そもそも社会がそういう状況ではないところで実現するのは極めて難しいのです。
●健康被害発生の可能性は低い?
ただ今回の事件では、例えばマクドナルドのチキンマックナゲットを食べた場合の食中毒リスクは限りなくゼロに近いと考えられます。なぜなら、加熱調理以降の衛生管理のレベルは高いということと、食肉加工品には常温で放置される時間が長いと想定されるため適切に保存料が使われており、衛生管理上の3条件のうち「菌を増やさない」「菌を殺す」の2つは成立するからです。それゆえ最終的には健康被害をもたらすような事態にはならないと考えられます。
しかし問題はこの点ではなく、産地偽装と同様に、社員が故意に不正な利益を得るために、やってはいけない違法行為を当たり前のようにやったことが問題なのであり、そういった違法行為を排除するのは容易ではないということが再発防止において大きな障害になります。事実、日本国内でさえ、産地偽装、商品偽装、消費期限の改ざんなどが事件となっており、日本ほど社会的コンプライアンスレベルが高くない地域や国で、「信頼」というはかない部分を担保にせざるを得なかったことは無視できません。そしてその「信頼」は簡単に裏切られたわけです。