子どもを虐待死させる母親や婚活殺人など、女性による事件報道に触れるにつけ、か弱い女性たちの中にも暴力的な面が潜んでいると実感せざるを得ない。
しかし、事件として大きく報道される事態に至らないまでも、普通の家庭で女性が男性に暴力をふるうケースが意外に多いことをご存じだろうか?
女性が加害者になるDV
2011年6月、三重県で内縁の夫(44歳)に妻(40歳)が暴力を振るい、外傷性の出血性ショックで死亡させるという事件が起こった。死亡した夫の全身には暴行の痕跡が多数あり、妻による継続的な暴力を物語っていた。DVというと男性から女性に加えられるものというイメージが強いが、この事件のように、最近、女性によるDVの問題が徐々に浮上しつつある。
では男性のDV被害者がどれくらい存在するのかというと、調査する機関によって数字にばらつきがあるため、「これくらいの割合」と言い切るのが難しい。
11年度に配偶者暴力相談支援センターに寄せられた、DV相談における男性被害者の割合は約1%程度。しかし、男性にはDV被害を隠そうとする傾向があるため、この数字は氷山の一角だという。また、10年度に横浜市が「配偶者からの暴力に関する調査及び被害実態調査」を行った結果によると、DVの被害経験は女性が全体の43%、男性は42%と、ほぼ同率となっている。
さらに「DV被害を理由に離婚相談する人」の男性の割合は、4分の1〜3分の1に上ると話す離婚カウンセラーや弁護士もおり、いまひとつ正確なデータがつかみ切れていないのだ。
闇に葬られる女性DV
女性によるDVは、男性のそれに比べて周囲にわかりにくく、被害が進行するまで放置されがちなのが特徴だ。身体能力に優れ、経済的に恵まれがちな男性は、DV被害に遭ってもなかなかその事実を口にしたがらないためである。また、男性側に「女性は力が弱いからやり返してはいけない」という倫理観があるため、DVを我慢し続け、被害を深刻化させてしまいかねないのだ。
前出の横浜市の調査でも、DV被害者の女性の28%が、周囲の人に相談していると答えているのに対して、DV被害者の男性が誰かに相談をした割合は、わずか8%にすぎなかった。
「女性に暴力を受けるなんて、男として恥ずかしい」
「女にやられてるなんて情けない」
とDVを隠したり、周囲に助けを求められなかったりした結果、悩みを一人で抱え込み、自殺や精神疾患という悲劇に至るケースも少なくない。また、相談をしても周囲が被害を認識できないため、心ない言葉で心の傷を深めてしまう可能性もあるのだ。
話してもわかってもらえず……
会社員のAさん(30代)は、自身の経験を次のように語る。
「不況で僕の収入が落ちてから、妻は暴力を振るうようになりました。殴る、蹴る、物を投げつけるといったDVが、週に1~2回はありましたね。興奮した妻を言葉で説得するなんて不可能でした。殴られても蹴られても、僕は女性に手を上げられず無抵抗のまま……。
思い切って友人に相談したら、笑いながら言われたんです。
『嫁にやられっぱなしって? お前、かなりイタイやつだなぁ』
笑われた屈辱と同時に、『イタイやつ』という言葉がグッサリと心に突き刺さりました」
現在、Aさんはうつ状態に陥って仕事を休職中。妻とは別居して、離婚に向けて話し合いを続けている。
Aさんのケースでもわかるように、社会全体に男性が受けるDVを軽視する傾向があり、それが女性DVの温床になってしまっているのだ。
例えば、離婚調停で「夫が頻繁に頬をぶつんです」と妻が訴えたことでDVによる離婚が成立したケースはある。しかし、その逆は成り立ちにくいのが現状だ。
地方公務員のBさん(20代)も、女性DVへの無理解に苦しんだ一人だ。
「妻の暴力が原因で離婚調停を起こしました。でも、調停で僕が『妻がしょっちゅう頬をぶつんです』と訴えても、年配の調停員はキョトンとするばかり。『奥さんがご主人のほっぺをパチンとやっちゃうのは、ありがちなことじゃないですかね?』『奥さんの手を押さえればいいだけじゃないのかしら?』みたいな反応で、全然わかってもらえない。まるで僕が軟弱者みたいな目で見られて、つらかったです……」
とても多彩な女性DV
殴る、蹴る、物を投げつけるといった直接的な暴力だけがDVではない。特に女性DVの場合、言葉で傷つける、いやがらせをする等、日常生活の中でじりじりと追い詰めていく方法が取られやすい。
「なんでこんなに稼ぎが悪いかしら」
「もっと働いてもらないと困るわ!」
といった収入に関する不満を繰り返したり、子どもの前で
「お父さんみたいになっちゃダメよ!」
と何度も言うなど、度重なる言葉によるいたぶりで、男性が精神的に痛めつけられてゆくパターンは意外に多いのだ。
会社役員のCさん(40代)も、日常生活の中で妻に追い詰められた経験を持つ男性の一人だ。
「浮気がばれて妻が実家に戻る時、僕の洋服を全部、はさみで切り刻んでいったんです。その時は僕が平謝りに謝って、妻は戻ってきました。けれども、それ以来、ケンカのたびに妻は僕のスーツやネクタイを切るようになったんです。ビジネスマンにとって、スーツがなくなるのは死活問題。毎回、新調するのは大変な出費です」
現在、離婚協議中のCさんだが、そもそもの原因が自身の浮気ということもあり、いまひとつ分が悪い。話し合いがまとまらなければ調停や裁判になる可能性もあるが、離婚原因がCさんの浮気になるのか妻のDVになるのか、弁護士や裁判官によって見解が異なる可能性もある。
ほかにも、小遣いを渡さない、食事を与えない、外出を制限する、コレクションや趣味の物を無断で処分してゆくなど、生活上のダメージを与え続けるDVが多いのも、家事や家計を預かる女性ならではといえよう。さらに、うつなどで抵抗する気力を失った夫に暴力を加える、謝る夫に土下座させてさらに踏みつける、男友達を呼んで夫を殴らせるという事例も報告されており、女性DVの多様さに驚かされてしまう。
女性DV被害を食い止めるために
児童虐待やいじめにも共通するのだが、弱い立場の者を攻撃する「弱い者いじめ」によって、自分の優位を確認しようとする心理がDVの要因とされている。そのため、DVに走る女性の傾向としては、
・両親の愛情や信頼が足りず、自分に自信が持てないまま成長したタイプ
・過保護過干渉な育ち方をしたため自己愛が強く、男性のちょっとした欠点も受け入れられないタイプ
などが挙げられている。
また、男女平等思想の影響で男性への暴力に対して抵抗感が薄れたことが、女性DV増加の大きな原因のひとつに挙げられる。
けれども、何も問題のなかった女性が夫の浮気や収入低下をきっかけに暴力を振るいだすケースもあるため、残念ながら「DVに走りやすいのはこんな女性」といった明確な基準は打ち出されていないのだ。いずれにしても、不満やストレスがたまりにたまってDVになる場合が多いので、日ごろから夫婦間のコミュニケーションを心がけるのが、女性DV防止の特効薬なのかもしれない。
万一、女性にDVを受ける立場になった場合「女にやられるなんて恥だ」と思い込み、一人で悩んでしまわないことが大切だ。女性によるDVを決して特別なことと考えず、思い切って誰かに相談することが解決への近道だ。
周囲に相談できない場合は、公共機関に助けを求める方法もある。
主な相談機関として、内閣府男女共同参画局のDV被害者の相談窓口「DV相談ナビ」、各自治体で設けている「配偶者暴力相談支援センター」が挙げられる。これらの相談室は相談者の性別は問わないので「妻のDVがエスカレートしそうだ」「このままでは夫婦生活を続けるのがきつくなりそう」と感じたら、早めに相談することをお勧めしたい。
(文=玉置美螢/ライター)