地方の改革派を安倍政権は見殺すのか
冒頭に述べた安倍政権が地方創生に取り組む「本気度」が問われるのはこの点だ。実は、岡本氏は菅義偉官房長官とつながりがあり、菅氏から依頼を受けて、政権の目玉政策の一つである兵庫県養父市の農業特区に進出する計画も進めている。岡本氏の著書『農協との30年戦争』(文春新書)を読んだ菅長官が知人を通じて接触、それを契機に現政権の農業改革の手助けをするようになったのだ。
岡本氏は養父市でも「ふるさと弁当構想」を進める計画で動いており、地方経済再生策のひとつでもある農業特区に深く関与している。当初は養父市で一定の成果を上げて、そのノウハウを田原市に持ち帰る考えでもあったが、養父市側が計画を一向に前に進めないため、岡本氏は業を煮やし、自らの構想を掲げて田原市長選挙に出ることを優先させた。いったんは養父市からの撤退も検討したが、事務局の内閣府関係者から引き留められた。実務派の岡本氏がいないと、養父市の特区構想は動かない面もあるからだろう。
しかし、田原市で岡本氏は、安倍政権の身内である地方の自民党と戦っている。「今回の選挙は、私の政策vs.地方の大組織です」と岡本氏も語る。これでは、岡本氏は政権の改革に貢献しながら、政権の身内に攻撃を受けているに等しい。岡本氏のように既得権を崩すような覚悟で臨まない限り、地方の政治システムは変化しないのではないか。歴史的にも大きな既得権が崩れ新たな時代を迎える時には必ず「破壊」があって、創生がある。既成概念に囚われない岡本氏には「破壊力」も期待されている。
結局、田原市長選挙から見えてくる構図は、安倍政権と地方の自民党は「同床異夢」であるということだ。今年1月に投開票された佐賀県知事選挙でも、安倍政権が推す規制改革などを重視している候補が、地元農協や地元自民党が支持する候補に敗れている。
組織の応援のない岡本氏の選挙は率直にいって厳しい。都会と違って浮動票も多くはない。しかし、政権の農業改革の一端を担う岡本氏がどこまで善戦するか。これは安倍政権の地方創生や農業改革が見せかけではなく、本質的に前に進んで成果を出せるのかということとも絡んでいると筆者は思う。政権に貢献している地方の改革派を、安倍政権は見殺しにするのだろうか。
(文=井上久男/ジャーナリスト)