2017年は、みなさまにとってどのような年でしたか? 今年は「暴走」や「暴言」のニュースが目立った年でもありました。
日頃、患者さんの病気を治すために食事の指導をしているのですが、食事を変えることで、健康になるばかりか、性格が明るく穏やかになるなどの副産物があります。自分自身も、「食事を変えてからイライラすることが少なくなった」という実感があり、食と性格の関係性には大変興味を持っています。
「暴言を吐く人やキレやすい人は、普段どんなものを食べているのかな」と思ったりもします。そんなときに、おもしろい論文を見つけました。「たんぱく質の比率が多い食事をした後には、不公平な提案に対して寛容になる傾向がある」という内容です。
私は脳科学の専門ではないので、今回ご紹介する内容は、さまざまな研究のごくごく一部でしかありません。しかしながら、「食べるものによって判断が変わる」という実験結果がおもしろいと思ったので、お伝えします。
低糖質・高たんぱくの食事で寛容になる?
これからお伝えする内容は、米国科学アカデミー紀要(PNAS)という有名な学術雑誌に載った論文からの抜粋です【※1】。
人間の実際の行動は複雑なので、感情や判断について調べるのは非常に難しいです。ここでは、「最後通牒ゲーム」という手法が用いられています。2人がペアになり、「提案者」と「判断者」に分かれます。そして、提案者には高額の報酬の総額が提示され、提案者は任意の分配法を提案します。判断者は、その提案を受け入れるか拒否するかを判断します。
判断者が拒否すると、2人とも報酬を1円も受け取ることができません。一方、提案を受け入れれば、分配に従って報酬を得ることができます。たとえば、提案者が「総額1万円を8000円と2000円に分配しますが、受け入れますか?」と提案し、判断者はそれを瞬時に判断するといった実験です。
今回の実験では、提案者の顔がモニターに表示された後、「総額の提示」「分配の提案」「提案を受容するか拒否するか」の判断が秒単位で行われました。
実験パート1では、朝食に対する指示はなく、11時から13時の間に上記のゲームと朝食内容の聞き取りをして解析しています。実験パート2では、8時45分に決められた食事を取ってもらい、12時15分にゲームを実施し、食事前からゲーム後にかけて決められたスケジュールに従って採血が行われました。
また、最後通牒ゲーム以外にも複数の心理テストが実施されました(なお、パート2では男性のみが被検者になっています)。参考までに、食事内容を下記します(いずれも総カロリーは850kcal)。
【高糖質群(糖質/たんぱく質比が高い食事群)】
全粒粉パン88g、ハム20g、クリームチーズ5g、苺マーマレード30g、牛乳130ml、りんごジュース200ml、水110ml、バナナ225g、りんご225g
【高たんぱく質群(糖質/たんぱく質比が低い食事群)】
ひまわりの種のパン70g、全粒粉パン70g、ハム40g、クリームチーズ(商品名「Bresso」)30g、カマンベールチーズ40g、牛乳240ml、水200ml、ヨーグルト250ml、バナナ120g
結果は、パート1においては、不公平な提案に対する拒否率は高たんぱく質群が24%に対して高糖質群は53%と大きな差があり、パート2においても、拒否率は高たんぱく質群が60%に対して高糖質群は69%と有意差がありました。
つまり、「糖質が少なくたんぱく質が多い食事を食べた群のほうが、不公平な提案に対して寛容だった」という結論になったのです。
なぜ食べるもので判断に差が生まれるのか?
さて、なぜこのような大きな差が見られたのでしょうか。簡単に予測できる原因として、血糖値の変動があります。
この実験では、血糖値、インスリン、コルチゾール、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、レプチン、テストステロンなど、関係性のありそうなさまざまな数値を測定しています。確かに、高糖質群では食後1時間の間に急峻な血糖値の上昇下降が見られていますが、ゲームが実施されたときには血糖の変動は収束していて、血糖の低値やほかの数値の有意差は認められませんでした。また、心理テストでも気分の変化に有意差はありませんでした。
代わりに、トリプトファンとチロシンに大きな血中濃度の差が認められました。トリプトファンとは必須アミノ酸の一種で、「幸せホルモン」と呼ばれるセロトニンの材料です。セロトニンについては、1982年に「脳内の5-HIAA(セロトニン代謝物)が低いと衝動性が増す」という論文が発表されています【※2】。
また、2008年に学術雑誌「サイエンス」にも、最後通牒ゲームの不公平な提案において、「トリプトファン濃度が低い群(脳内のセロトニンが低いと推定される)は、コントロール群に比べて高い拒否率を示した」という論文が発表されています【※3】。
それらのことから、セロトニンは衝動性との関係性が深いとされる神経伝達物質です(違う結論の論文もあります)。
一方、チロシンは「快感物質」と呼ばれるドーパミンの材料となるアミノ酸です。ドーパミン系の神経作用は「報酬学習」にかかわるとされています。報酬学習とはどのようなものか、たとえば「アイオワギャンブリング課題」と呼ばれる実験があります。
カードの山が4つあります。その山のなかからどれかを選び、1枚ずつカードを引いていきます。あるカードでは賞金が得られ、あるカードでは罰金を払わなくてはなりません。賞金も罰金も高い(結果的に損をする)、賞金も罰金も低い(結果的に得をする)など、山はそれぞれに特徴を持っています。
被検者は山の特徴を知らされずに実験がスタートします。しかし、カードを引くうちに特徴をつかみ(学習)、「手持ちの疑似マネーを最大にする」という課題を達成すべく行動を変えていきます。この報酬を得ようとする学習過程に、ドーパミン系がかかわっているようです(実際には、もっともっと詳細な神経機構の研究成果があるのですが、ここでは割愛させていただきます。専門家の方々、ごめんなさい)。
食事の内容で性格や人生が変わる可能性も?
さて、論文の話に戻ります。実験では、トリプトファンとチロシンの大型中性アミノ酸に対する比率の変化を時間ごとに表示しています。比率で表示するのは、脳への各種アミノ酸の入りやすさを示すためです。脳に物質が入るためには、血液脳関門を通過しなければなりません。
大型中性アミノ酸(トリプトファン、チロシン、フェニルアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン)は、共通の関門(アミノ酸トランスポーター)を通るので、比率が高いほうが脳に入りやすいことになります。
高糖質群では食後のトリプトファン比は維持される(若干上昇)のに対し、高たんぱく質群では明らかに低下しています。一方、チロシン比は高糖質群では少し上昇した後に低下しているのに対し、高たんぱく質群では大きく上昇し、特にゲームの実施時間にピークに達しています。
ゲームを実施する時間帯では、高たんぱく質群は高糖質群に比べてチロシン(ドーパミンの材料)が脳に入りやすく、トリプトファン(セロトニンの材料)が脳に入りにくい状態だったことがわかります。
もちろん、脳内に入るアミノ酸量だけが神経活動を決めるわけではないでしょう。それまでのセロトニンやドーパミンの蓄積状態、ほかの神経の働きや個人個人が持っている性質などの複雑な作用が組み合わさった結果だと思います。
それでも、この実験結果が示しているのは「食べ物が判断に影響することがあり、しかも、長時間にわたって影響が持続する可能性がある」ということです。私たちは毎日いろいろなものを食べていますが、それが行動や性格、さらには人生を大きく変えることもあるのではないでしょうか。
そんなことを考えながら、みなさまが2018年を幸福に過ごされることをお祈りいたします。
(文=西澤真生/ひめのともみクリニック 医師)
【※1】
Sabrina S. et al. Impact of nutrition on social decision making. Proc Natl Acad Sci USA 2017;114:6510
【※2】
Brown GL, et al. Aggression, suicide, and serotonin: relationship to CSF amine metabolites. Am J Psychiatry. 1982; 139: 741-6.
【※3】
Crockett MJ, et al..Serotonin modulates behavioral reactions to unfairness. Science. 2008;320;1739