フライドポテトは健康に悪い?
2013年、マクドナルドが自社商品フレンチフライ(フライドポテト)の原料を公開すると、それはインターネットを通じて瞬く間に広がった。揚げ用の油を含め、使用された17種類の原料のなかには、遺伝子組換えがなされたキャノーラ油、コーン油、水素添加された大豆油、日本では食品添加物として認められていないが、抗酸化作用のあるTBHQ(tert-ブチルヒドロキノン)、消泡剤のジメチルポリシロキサン、人工着色料の酸性ピロリン酸ナトリウムなどが含まれていた。健康への影響度は定かではないものの、長期摂取によるリスクが懸念され、大きな反響を呼んだ。
フライドポテトは、ハンバーガーや炭酸飲料とともに食されるファストフードにおいても、ディナーの付け合わせにおいても絶大な人気を誇る一方で、世界的にも不健康な食品として悪名高い。原料に安全なものが使われていたとしても、いわゆる揚げ物である。揚げ物用に高品質で高価な油が使用されるケースは稀であり、フライドポテトを食すことで、自ずと質の悪い油を摂取しがちとなる。だからこそ、できるだけ余計なものを添加しない方がいいと多くの人々は認識しているようである。
アクリルアミド
だが、フライドポテトの問題はほかにもある。有害な化学物質アクリルアミドが含まれるのである。アクリルアミドは毒物及び劇物取締法上の劇物に指定されており、神経毒性・肝毒性を有している。発がん性もあり、皮膚からも吸収されるため、取扱いに注意が必要とされている。
そんなものがなぜフライドポテトに含まれるのだろうか。
もともと調理前のジャガイモにはアクリルアミドは含まれていない。ジャガイモはでんぷんを主成分としながら、ビタミンC、葉酸、カリウムなどが豊富に含まれ、栄養価の高い作物である。比較的保存性が良く、主食にもなりうるジャガイモは、調理法次第で優れた食品となる。だが、ジャガイモには気の毒な話であるが、含まれるアスパラギンというアミノ酸が高温加熱されると、アクリルアミドに変化してしまうのだ。
ただし、アクリルアミドが発生するのは、100度よりも高い温度で加熱された場合に限られる。そのため、180度程度の油で揚げられるフライドポテトやポテトチップスにおいては、自ずとアクリルアミドが多く含まれてしまうのである。
このアクリルアミドの問題は、02年4月に最初にスウェーデン食品庁によって報告された。その2カ月後、WHO(世界保健機関)はすぐに専門家会議を開催。食品中に生成されるアクリルアミドが健康に重大な影響をもたらしうることを認めた。そして、日本でも厚生労働省が同年10月にポテトチップスやかりんとうなどの加工食品に発がん性が疑われるアクリルアミドが、かなりの量で含まれていることを発表した。
実は、アスパラギンは炭水化物を多く含むさまざまな食品に含まれているため、ジャガイモに限った話ではない。パン、クッキー、せんべい、コーヒー、ほうじ茶のほか、高温で調理する野菜の炒め物や天ぷらにも含まれるのだ。
アメリカ食品医薬品局(FDA)はアクリルアミドを含む食品を扱う際のガイドラインを公表している。それによると、アクリルアミドは平均的アメリカ人の食品消費量(カロリーベース)の40%に含まれており、排除することは不可能であるが、がん予防のためにも減らすことには意味があるとしている。
そのように考えると、アクリルアミドが実際に健康にもたらす影響度も、フライドポテトだけに注目する意義も不明確なように思えてくる。
フライドポテトは死亡リスクを高める?
だが、油で揚げるジャガイモ料理が人体に対してなんらかの影響を及ぼしている可能性は無視できそうにない。
去る6月7日、フライドポテトやポテトチップスなど、油で揚げたジャガイモを週2回以上食べている人は早死にするリスクが高まると米臨床栄養学会誌電子版は報じた。米、英、イタリア、スペインの研究者からなるチームは、調査開始の年齢が45~79歳の男女4440人の食習慣と健康状態を8年間にわたって追跡調査を行ったのである。この期間中に死亡した調査対象者は236人。チームは、調査対象者の体重や活動レベルなど、研究結果の信頼性に影響を及ぼすと考えられる要因については調整を行い、その上で結論を導き出した。
研究では、(油で揚げる以外の調理法によって)ジャガイモを多く食べること自体が健康に悪影響を及ぼすとの結果は確認されなかった。ところが、油で揚げたジャガイモを週に2回以上食べていた人は、死亡リスクが2倍程度にまで高まっていた。年齢や性別による差は生じなかったが、女性よりも男性が、年長者よりも若者が揚げ物をよく食べる傾向が見られた。
もちろん、人の健康には、食事のほか、運動や睡眠を含めた生活習慣や生活環境、さらに個々人の性格やストレスの問題など、さまざまな要素が複雑に絡んで影響を及ぼしている。そのため、この結果がフライドポテトと死亡リスクとの間に直接的な因果関係を示したことにはならない。
だが、数値に2倍もの開きが生じた結果に対して、イタリアの学術会議の研究者で論文の主著者であるニコラ・ベロネーゼ博士は、肥満や不活発な生活習慣など他の重要な要素がなんらかの役割を果たしている可能性もあるが、揚げ油に多く含まれるトランス脂肪酸が重要な要素となっているのではないかと指摘している。
トランス脂肪酸とは、主にマーガリン、ショートニング、ファットスプレッドなどに含まれる不飽和脂肪酸で、植物油においても精製工程で生じる傾向があり、アメリカではその使用が規制されている。
また、スウェーデンのカロリンスカ研究所環境医学研究所のスザンナ・ラルソン准教授も、「揚げたジャガイモの消費量は、死亡率の増加を招くような健康的でない食習慣のバロメーターになるかもしれない」と指摘している。
フライドポテトの優れた調理法
とはいえ、油で揚げたジャガイモ料理は、たとえ健康リスクが疑われたとしても、多くの人々にとってはなおも捨てがたく、魅力的なようである。
昨年夏、北海道を襲った台風による水害の影響でジャガイモは不足。今春ポテトチップスなどの一部のジャガイモ製品が販売休止に追い込まれた。その際、話題となったのが、ポテトチップスの買い占めやオークションによる高額転売などだった。
そんな例を振り返るだけでも、少々悪評が広がった程度では、油で揚げたジャガイモの人気は衰えそうもない。では、もっと前向きに考えて、どうしたらより安全にフライドポテトを食べられるのだろうか?
実は、ないわけではない。それは良質な油で、できるだけ温度を上げずに揚げることにある。
昨年1月、科学論文サイトの「フード・ケミストリー(Food Chemistry)」に掲載された情報によると、油で揚げたジャガイモ、カボチャ、トマト、ナスには、炒めたり茹でたりするよりも、はるかに多くの抗酸化物質が含まれるという。それは、油に含まれる抗酸化物質のフェノール類が揚げることで野菜に移るためで、良質のエキストラバージン・オリーブオイルを使用するほど顕著に現れた(ただし、フライドチキン、ポップコーンシュリンプ、チーズカードを揚げることで食品がフェノール類を吸収するとは期待できないという)。また脂溶性ビタミン(A、D、E、K)の体内への吸収を促す効果もあるとされる。
ただし、揚げ方も重要であり、たとえばエキストラバージン・オリーブオイルの場合、温度設定を発煙点約200度を安全に下回る、180度レベルまでとして、揚げすぎないことだという。
この研究においては、良質な油としてエキストラバージン・オリーブオイルが使用されたが、おそらく、その利点の一部はオイル抽出時に採用されている低温圧搾法にあると思われる。そのため、オリーブオイルに限らず、トランス脂肪酸の発生と変質を防ぐ、低温圧搾法によって抽出される他の良質の油(フェノール類を含む)でも似たような結果が得られる可能もあるだろう。
これは一般の飲食店ではなかなか期待できない贅沢な油の使い方といえるが、これからはフライトポテトのような揚げ物を高級な健康食品と考えて、自宅で調理してみてはいかがだろうか。発がん性のあるアクリルアミドの作用に対して、抗酸化作用によるがん抑制効果がそれを打ち消すだけかもしれないが、少なくとも、最大限の努力よって生まれる味は特別なものとなるのではなかろうか。
(文=水守 啓/サイエンスライター)