「老後資金2000万円」。このキーワードは、昨年上半期に盛んに取り沙汰され“流行語”となった。発端は、金融庁が発表した資料のなかに「老後資金は2000万円不足」という表現があったことで、年金制度の崩壊と個人の自助努力による老後資金の必要性があらためて浮き彫りとなったのだ。
仮に今35歳で、退職が65歳、年金受給開始も65歳とすると、30年で2000万円を貯めるには年間約67万円の貯蓄が必要となる。毎月約5万5000円を貯めるのは、決して簡単ではないだろう。
実際、年金だけでは老後資金が不足し、「老後破産」とも呼べる極貧生活を強いられている高齢者は少なくない。NHKスペシャル取材班による『老後破産~長寿という悪夢』(新潮社)は、そんな悲惨な老後生活を余儀なくされている人々の実態を克明に記している。本書によると、生活保護水準以下の収入しかない高齢者の割合は3割を超えているという。
「生活保護の水準については地域によって物価が異なるため全国一律ではないが、河合教授らは港区で暮らすと仮定し、年収150万円を『生活保護水準』とした。すると31.9%が150万円以下となり、収入面で見れば『老後破産』に近い状態にあることがわかったのだ」(本文79Pより)
都市部の高齢者は「貧困層と富裕層」の二極化が進んでいる、と本書では分析されている。豊かな老後を送るために、我々はどうすればいいのだろうか。
高齢者こそ早期に「地方移住」すべき?
「2000万円を貯める努力も当然ながら大切ですが、さまざまなライフイベントをこなしながら貯蓄し続けるのは至難の業。2000万円以下で老後を送れるように生活を工夫することも、ひとつの手なのではないでしょうか」
そう話すのは、複数の企業で社外CFO(最高財務責任者)を務め、「レンタルCFO」の肩書きで活躍する鈴木吾朗氏だ。鈴木氏は、そもそもの生活スタイルを見直すことも重要だと説き、老後破産におびえる人々に対して、早期の「地方移住」を提案する。
「老後を不安に感じている人の多くは、都市部での生活を想定しています。しかし、地価が高く若者も集中する都心に高齢者が住み続けるメリットは少ない。若者の間で地方移住がブームになったこともありましたが、お年寄りも地方移住という選択肢によって得られるものは大きいはずです」(鈴木氏)
鈴木氏が参画する自治体による地方移住プロジェクトには、実際にリタイア後の地方移住に興味を持つ高齢夫婦が少なくないという。
「地方では地価も物価もすべてのコストが低い上に、自給自足が可能です。総務省の家計調査における高齢夫婦の食料費は毎月約6万4000円。しかし、自給自足をすることで、地方ではこの半分以下に抑えられるはず。さらに、都心のように頻繁に遊ぶことは難しくなるため、交際費や無駄な買い物なども減る。毎月20万円前後で暮らすことも可能になるでしょう」(同)
東京一極集中の現状を打破するために、各自治体は地方移住者に対する支援金や助成金などのサポートを積極的に行っている。早いうちに地方移住を視野に入れておくことで、家賃・光熱費補助など地方移住者のためのサポートが受けられる可能性もある。さらに鈴木氏は、地方では支出を抑えられるだけでなく、収入が増える可能性もあるという。
「たとえば、徳島県の上勝町は高齢者比率が52%以上と過疎化・高齢化が進んでいる地域です。しかし、葉っぱ(つまもの)を中心とした地域資源を軸にビジネスを展開し、全国でも有数の地域活性型農商工連携モデルとなっている町でもあります。なかには、年間売り上げ1000万円を超えるおばあちゃんも存在します」(同)
日本料理を彩る「つまもの」の原料となる季節の葉や山菜の栽培、出荷、選定、販売を行う「葉っぱビジネス」が上勝町で成功したのは、その土地に根ざした古くからの知識や経験が生きているからだ。リタイア後、若かりし頃を過ごした地元に出戻り、地域で自然と培っていた技術や経験がビジネスとなり、生活を支えるといったケースも増えているという。
「日本版CCRC」とは
また、労働力が欠けた土地だからこそ、第二の人生をスタートしやすいというのも地方の特徴といえるだろう。しかし、慣れ親しんだ地元であればいいが、いきなり縁もゆかりもない地域に居を構えるのは不安だという人もいるのではないだろうか。
「せっかく移住しても、コミュニティに馴染めず孤立してしまうのでは地方移住の意味がありません。そこで利用してほしいのは『日本版CCRC』。これは、高齢者が健康な段階で移住し終身で暮らすことができる生活共同体で、元気な高齢者の地方移住を国が推進する制度です」(同)
「CCRC」とは「Continuing Care Retirement Community」の略称。地方に移住しアクティブな生活を送ることで、たとえ要介護状態になっても継続的ケアを受けることが可能となる。リタイア後も積極的にコミュニティに参加し、主体的に生きることを目的とした共同体だ。
「これはもともとアメリカで始まった制度ですが、アメリカが富裕層を対象にしているのに対して、日本版は標準的な厚生年金受給額(約21万円)で生活できるようになっています」(同)
金融庁が算出した「2000万円不足」は、高齢夫婦の平均支出と年金受給額に毎月5万円前後の差が出てしまうことが問題だった。しかし、日本版CCRCであれば、年金だけで生活を維持することが可能となる。少子高齢化が進むなかで、その存在はより広く知られていくだろう。
生活スタイルや働き方が多様化すれば、「2000万円」という不足額の“平均値”はほとんど意味をなさなくなる。2000万円をコツコツ貯める自助努力も重要だが、健康体のうちに地方移住するという選択肢も検討してみてはいかがだろうか。
(文=藤野ゆり/清談社)