60歳で定年、65歳まで継続雇用で働く――そんなイメージをしていた会社員の人生が一変するかもしれない。シニアの働き方にかかわる高年齢者雇用安定法や雇用保険法が改正されることになった。同時に、公的年金の改正も並走して進められる。我々の老後に直接かかわる改正だけに、ぜひ関心を持っておきたい。
今回の改正を簡単に言うならば、「長寿社会なので、ぜひ長く働いてください。働いて収入があるから年金はまだ受け取らなくてもいいよというなら、もっと上乗せするので、できるだけ遅らせてください。それから、年金をもらいながら働くと年金が減らされる仕組みもありますが、それは緩和します」、つまりは「損しない仕組みをつくるので、とにかくできるだけ長く働いてほしい」ということだ。
順を追って見て行こう。まず、現在の「高年齢者雇用安定法」は、65歳未満の定年制度を定めている企業に対し、65歳までの雇用を確保するため(1)定年の引上げ(2)継続雇用制度の導入(3)定年廃止のいずれかを義務付けていた。その理由は、公的年金の受給年齢が65歳となるからだ。年齢によっては厚生年金の報酬比例部分のみを60代前半で受け取れる場合があるが、現在40代の人はもう65歳までもらえない。60歳から65歳までの「年金空白期間」を埋めるために、高年齢者雇用安定法で企業に雇用を義務付けたのだ。
今回の改正案では、さらにその期間を延長する。65歳から70歳まで、さらに働いてもらえるような制度導入を企業に促す(2021年4月からの施行)。働き方として、これまでの継続雇用以外に業務委託契約なども含まれる。ただし、現在のところはあくまで努力義務だ。
それと同時に「高年齢雇用継続給付」が縮小される。これは、60歳時点と比べ、賃金が75%未満の金額に下がった場合に給付金が受け取れる制度。現在は60歳以降の賃金に対し上限15%までのプラス給付だが、2025年にそれを引き下げる。65歳以降も働けるからいいですよね、という理屈のようだ。
年金受給は75歳まで繰り下げで84%増に?
長く働けるようになるんだから、年金の受け取り方についても連動しましょう、という改正もある。ひとつが年金受給開始時期の拡大。いわゆる「繰り下げ受給」の後ろ倒しだ。ずいぶんあちこちで取り上げられ、ご存知の方も多いと思うが、年金の受け取り開始を遅らせれば遅らせるほど、その金額を増やすことができる。65歳から受け取らず、ひと月でも遅らせれば月当たり0.7%が上乗せされる。現在は70歳まで繰り下げができ、それを選べば42%アップというすごい加算になるのだ。
今回の改正では、70歳よりさらに後ろ倒して75歳まで受け取り時期を遅らせることができるようにする。もし、0.7%加算のまま月数が増えると、なんと84%ものアップになる計算だ。とはいえ、75歳まで年金をもらわずにいられるという人は、かなり健康で体力も資金力もある人だろう。ちなみに、繰り下げ分の元を取るには、受け取り始めてだいたい12年は生存する必要があるという。長寿家系の人は考えてみてもいいかもしれないが。
なお、年金には注意すべき制度がある。年金を受け取りながら働く場合、給与が一定以上だと年金の支給が停止(減額)になってしまう「在職老齢年金」制度だ。たくさん稼いでいるのなら年金はなくてもいいでしょう、という理屈で、予算が潤沢とは言えない社会保障の観点から言えば、そりゃそうだ。
しかし、この“在老”のせいで、特に60歳から64歳までの働き方を調整する人が多く、問題になっていた。月当たりの年金額と働いた月額報酬の合計が28万円を超えると、年金は満額もらえなくなる(65歳以降は合計47万円超えまでは全額支給)。
この28万円を、65歳以降と同様に47万円まで引き上げるのが、今回の改正案。まさに、現役並みに働いてくださいというわけだ。ただし、60歳代前半で年金(厚生年金の一部)を受け取れる人たちは、男性が昭和36年3月生まれ、女性が昭和41年3月生まれまでなので、そもそも悩む必要がない人も多いだろう。
70歳まで働き続けるメリットと注意点
70歳まで働いて、年金を繰り下げれば、その分生活費も余裕が出るし、現役時代に準備する老後資金も少なくて済むかもしれない。また、企業に雇用されて社会保険に加入できれば、自分で国民健康保険に入るより健康保険料は安く済み、国保にはない保障が受けられることもある。雇用保険に加入すれば、介護休業給付金や資格取得などに補助が出る教育訓練給付金の対象にもなる。
ただし、いいことづくめでもないだろう。企業にとっては長く労働者の雇用をし続けるとなれば、どこかで給与調整をしなくてはいけなくなる。長く勤められるようになる代わりに、現役時代の給与が抑えられ、トータルでつじつま合わせが行われたりするなら痛しかゆしだ。
おまけに、2020年4月からは同一労働同一賃金制度がスタートする。会社側は人件費をどう調整するか、コロナ不況も影を落とし、なかなか増やす方向には行きにくいだろう。
また、現役並みの所得を得る高齢者には相応の負担をしてもらおうという方向に、国は進んでいる。税金も社会保険料もしっかり払ってもらうし、医療費も3割負担(年収約370万円以上)、高額介護合算療養費制度(介護保険と医療費を合算した際に自己負担となる上限額)も、そこそこの自己負担額になる。現役並みに働くのは、バラ色とばかりは言えないのだ。
また、長寿社会と一口に言っても、健康で長寿な人もいれば持病を抱えて病院通いをしながらだましだまし……という人もいる。働く気持ちは満々でも、こればかりはその年齢になってみないとわからない。
とはいえ、日本はこの先、労働力としてカウントされてきた15歳以上65歳未満の生産年齢人口は減り続け、高齢者の割合がどんどん増える。政府としては、全員になるべく長く働いてもらい、税金も社会保険料も医療費も、そして生活費も自助してほしいと思っている。特に高齢者にとって、健康コストはバカにならないのだ。
個人的な話をすると、筆者は元来丈夫だと思ってきたが、昨年体のあちこちに不具合が出て通院を繰り返し、年末には人生初めての入院・手術を経験した。そのとき、しみじみ感じたのは「いくら自分が節約好きで知識があると言っても、医療費はなかなか節約できないなあ」ということだった。我々は、なるべく良質な医療を受けたいと考え、高額でも専門の大病院を選びたがる。そこはケチるところではないからだ。現役時代には無縁でも、高齢者にとって医療費負担は重い。年金だけから捻出し続ける生活はなかなか厳しい。
やっぱり、長く働けるなら働いたほうがいい。いつまで働けばいいかはさておき。
(文=松崎のり子/消費経済ジャーナリスト)
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