世の中のタワーマンションブームは、依然として継続中だ。
今年6月に、ロンドンのタワーマンションで火災が起こり、それが日本でも大きく報道された。日本での問題の取り上げ方は「ああいう悲劇は日本でも起こり得るか」という視点に終始していた。いつもの通り、対岸の火事がこちらに飛び火しないかという心配ばかりだ。
しかし、あの一連の報道で多くの人がスルーしていた問題がある。それは、あのタワーマンションは公営住宅であり、住んでいたのは低所得者だった、という大方の日本人には意外な事実だ。私が見ている限り、そのことに驚いていたコメンテーターはほとんどいなかった。
日本では知られていない事実だが、ヨーロッパでは日本でタワーマンションと呼ばれる類の超高層な集合住宅はほとんどない。私が知る限り、あるのはロンドンだけで、全部で20棟ほどだといわれている。なぜだろう?
実は、ヨーロッパ人はタワーどころか普通の高層住宅をも嫌っている。少なくとも小さな子どもを育てる住宅としては、ふさわしくないと考えている。いくつかの国では法律で禁止さえしている。
理由はいろいろ考えられるが、一番は美的な価値観だと推測する。
イギリスの皇太子であるチャールズは、超高層建築をはっきりと「醜悪だ」と表明することに躊躇していない。イギリスの王室は、日本の皇室よりもそういった発言の自由度が高いのだろう。しかし、日本の皇太子が「タワーマンションは醜いから嫌い」なんてことをチラとでも言ってしまったら大変なことになるだろう。
イギリスにはチャールズ皇太子が「嫌い」といっても、それに同調する価値観がイギリス国民の多数派を占めているのであろう。だから彼が超高層建築への嫌悪発言を繰り返しても、イギリス人たちは「ああ、またか」程度の反応しかしていない。そして、イギリスの富裕層たちの大半は、日本でいうところのタワーマンションには住んでいない。彼らの感覚では、あれは貧しい人々が住むところなのだろう。
また、子どもを育てるには墜落の危険があったり、エレベーターで上り下りしたりする高層住宅はふさわしくない、と考えているのだと推測する。ヨーロッパ人の感覚では、エレベーターは危険な乗り物に属する。だから乗るときはレディを後に、降りるときはレディを先に、というのがマナーになっている。