某マンション経営会社の不正経理を暴く!社長の母親に給料支給の実態、緊迫の税務調査
元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きな帳簿は「裏帳簿」です。
かつて、まだ「無予告調査」が頻繁に行われていた頃、マンションを経営している会社に税務調査に行きました。
提出されている確定申告書に目を通すと、その会社の役員は70歳の社長のみ、従業員として社長のお母さんを雇用しているようでした。お母さんの名前は「トメ」とか「よね」とかそんな名前で、社長の直系尊属ですから齢は90ないし100といったところでしょうか。月額の給与は30万円。国からお祝い金をもらえそうな高齢者に、毎月30万円分の仕事などできるのでしょうか。これは怪しい、怪しすぎる。ぼくはワクワクしながら、実地調査に臨みました。
実地調査は、経営するマンションの最上階にある社長の自宅にて行いました。築40年は伊達ではありません。玄関のドアを開けると、ステンレスと合板の擦れる音が廊下に響き、モルタルとかびの入り混じった匂いが鼻をつきます。「どうぞ、汚いところですけど」という社長の言葉を否定することが憚られるくらいの劣悪な環境です。
キッチンに立ち込める腐敗臭、シンクに転がる使用済みの鍋、コンロの周りに飛び散ったカレー、ガラスの割れた食器棚、食べかけの漬物と白米が残る食卓、皮膚病の犬。すべての要素が、ここに滞在することを身体が拒むように仕向けます。もしや、これは社長の作戦か。税務調査を早く終わらせるために、この地獄の下から3番目くらいの環境をつくったのではないだろうか。そうだとしたら、少しでも長く居座らなければならない。ぼくを育ててくれた上席はこう言いました。
「調査は気合いだ。根性見せろよ、さんきゅう」
草葉の陰で、上席も見てくれている。それだけで気持ちが高ぶります。心の中で「まだ生きてるわい」という上席のツッコミを想像してから、声をかけました。
ぼく「社長、さっそく帳簿を見させてください。従業員のことで何点か調べたいことがありますので」
社長「はいはい、どうぞどうぞ」
ぼくは準備調査段階で調べていた、トメだかよねだか今朝千代だかへの給与の記帳を確認してから、社長に話を切り出しました。
ぼく「お母さんが働いているとのことなのですが、どんな仕事をされていますか。具体的に教えてください」
社長「ああ、うちはさ、管理会社もいないから、入居者から直接連絡が来るわけ。やれ、草がぼーぼーだの、共用部分の電球が切れただの、そういうのに24時間対応してるんだよ。だから、おれひとりじゃ回らないんだよ。でも、そんなことくらいで外から従業員を雇うのも馬鹿馬鹿しいだろう。いや、実際馬鹿なんだよ。この仕事はいかに経費を減らすかだからさ。売上は増えないわけだからね。家賃の天井があるわけだから。むしろ満室にしたって、年々家賃を下げざるを得ないわけだから、経費は減らさなくっちゃいけないね。だから、母親を雇っているんだよ。いや、大変な仕事ですよ。100歳にもなって24時間働くってのは。30万円じゃ安いかもしれないね。来月から上げてやらないと。いくらくらいがいいですかね。24時間30日働くとしたら、100万くらいあげたほうがいいね。そうしよう、来月から100万だ」
ぼくは、高揚して真っ赤になった社長を一瞥してから、しばらくの間天井を見ました。「こいつは興奮している。自分の嘘に胸を躍らせている。沈黙でこいつの心を揺さぶってやる。ぼくをなめるなよ。ぼくはキャバクラの女の子とノストラダムス以外には騙されないぞ」と心の中でつぶやきました。沈黙に耐えられなくなって再び喋り出そうとした社長を制し、寝室で寝ているという母親を呼んでもらいました。母親から話を聞けば、真実が明らかになると思ったからです。
暫くすると、襖の開く音がしました。そちらに目をやると、直角に腰を曲げて、一切前を見ず畳に視線を落としたまま母親がやってきました。手は震え、足も震え、聴覚も衰えています。
「お母さん、仕事何してますか?しーごーーーと!仕事ー!そう仕事!してないの?お給料は?もらってますよね?おきゅうりょうー!」と叫んだぼくに対する、「へ?お給料?なにそれ」という母親の一言で、調査は終結しました。
事前に口裏を合わせることすらしなかった社長の豪快さに驚きながら、そのことを社長に突きつけ、母親に対する給与を社長に対する認定賞与として全額否認しました。怒った社長は、「お前を包丁で刺す」と後日、言いにきました。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)