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さんきゅう倉田「税務調査の与太話」

ハーバード大卒の天才社長、私的支出を経費計上…家族での外食、子どものゲーム代も

文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人
ハーバード大卒の天才社長、私的支出を経費計上…家族での外食、子どものゲーム代もの画像1
「Getty Images」より

 元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きなボードゲームは「帳簿並べ」です。

 国税局に入って税務調査をする人たちは、そこそこ賢いというか、勉強ができてさらに公務員試験で広く浅く社会人として最低限習得すべき知識を有している人たちが集まります。ぼくは理系の出身ですが、大学で学ぶことのなかった経営学、社会学、経済学、憲法、行政法、政治学を知ることで、人間として豊かになったように思います。

 それでも、研修中に行われる試験やディベートの様子から考えると、ぼくはやはり芸人になるべき「いい加減で、適当な、愚か者の恣意的な」人間であって、同期や先輩たちは優秀な人格者の集まりでした。その合理的な考え方や美しい発想は、ぼくに素晴らしい経験を与えてくれました。もちろん、非効率的で、愚かしい上司もいましたが、そんな人は少数派で、さらにそんな人でも、調査能力に優れているなど、秀でた部分があるのでした。

 そんな人々なので、年端が行かなくとも、税務調査を受ける社長さんたちと同じレベルで会話ができ、帳簿を確認して非違を見つけることができるのだと思います。

 しかし、圧倒的な知能・知識を持っている社長も時折現れます。あるときの税務調査対象者は、ボードゲームのAI(人工知能)を開発する米ハーバード大学卒の方でした。

 その社長は、自宅を法人の本店所在地にして、その一室で仕事をしていました。そういう場合は地代家賃を確認しますが、この自宅兼事務所の家賃を法人の損金にはしていませんでした。

 業務内容について聞き取ると、このボードゲームのAIは世界中でまだ誰も開発できておらず、その複雑な盤面を解析するために「カオス理論」や「超ひも理論」を用いなければならないようで、無知を隠さない陽気なぼくは、それらの理論の説明を受けたものの、さっぱり理解できませんでした。まるで自分が人型の単細胞生物になったような気分になり、よくわからないまま調査を進めることになりました。社長の前で取ったそのあとの昼食は、すずと鉛の混合物を食べているようでした。

家族での食事や子ども用のゲーム機を経費計上

 しかし、いくら専門的で高度な開発を行っていても、税法に詳しいかというと、そんなことはなく、経費の取り扱いの誤りなどがあるわけです。

 領収書を確認すると、自宅近くのファミリーレストランでの食事や流行のゲーム機の購入を経費にしているようでした。ファミリーレストランは、2人ないし4人での利用が多く、この4人というのは社長の家族の人数と同じです。従業員もおらず、取引先もほとんどないこの会社で、ファミリーレストランを利用する目的はなんなのか。合理的な説明を求めたいところです。しかし、社長さんは訴追の恐れもないのに、回答を差し控えました。

 また、ゲームについて確認すると、ボードゲームのAIの開発を主たる業務としているため、テレビゲーム業界の動向に詳しくなければならず、最新のゲームは一通り子供に買い与えているとのことでした。「それについて、何かレポートなり、記録なりはありますか」と確認すると、子供にも書かせていないし、自分が口頭で聞いているだけと言うのです。

 そんな答弁で税務調査官が「うん、わかった」と言うわけがありません。しかし、「実際にテレビゲームは業務に必要だ」「子供が市場調査をしてくれているんだ」と主張するので、「では、お子さんから話を聞かせてください」とお願いしました。しかし「今は寝ているから」の一点張り。時計を見ると、午後2時でした。ぼくは心を鬼にして「起こしていただけますか」と丁寧にお願いし、子供の話を聞くことにしました。階下にあると思われる子供部屋に社長が呼びに行ってから15分ほどたってやってきたのは、小学4年生の男の子でした。

 なるべく警戒されないよう、友達のように振る舞って問いかけると、「パパに買ってもらったの。ゲームしてる」とだけ言い、パパのもくろみは大きく外れるのでした。ぼくは「社長、どういうことなんでしょう。ただ買ってあげているだけなんじゃないですか。まだ業務で必要だとおっしゃるなら、具体的に業務のどの部分に反映されているのか教えていただけませんか」と尋ねました。

 また、立会いしている税理士に対して「先生はさっきから何もおっしゃいませんが、どう思っていらっしゃるんですか。子供にゲームを買ってやって、それを経費と認容していらっしゃるのですか」と質問しました。税理士は社長の意見を採用するようで、「経費になる」と主張しました。

 社長は法人の経費の範囲について事前の説明を受けていないようで、個人的な支払いが大量に経費に算入されていると考えたぼくは、家族での食事や家族の使用している物品の購入があれば、その金額を5年分抽出してもらうことにしました。通常、調査において調査官が領収書をすべて確認することはできません。ここは、税理士の先生と社長を信じるしかないのです。

社長&税理士vs.ぼく

 かくして、2週間後、金額をまとめたという先生と社長に会うことになりました。軽く挨拶をして席に着くと、金額をまとめた資料を提示する前に、税理士が書籍のコピーを提示してきました。

 それは、家族と食事に行ったときの支払いが経費になった事例があるなどと書かれた書籍の一部ですが、税理士がそんな出どころもわからないコピーを示して、経費として認めてくれだなどと主張することは、めったにあることではありません。ぼくは蔑みをおくびにも出さずに「はい」とだけ言って、あらためて経費として認められない旨を伝え、まとめてもらった金額を確認しました。

 社長は最後まで納得していないようでしたが、税法を知った上で納得しないのと、知らないのに納得しないのでは意味がまったく異なります。法律というのは曖昧で、その解釈が争われることが多々あります。税法も、判例の積み重ねや通達によって、税務調査で活用できるのです。だから、税法を知っている人間同士が、その取り扱いをめぐって争うことは、その考え方や把握している判例に違いがあることで、往々にしてあるでしょう。

 しかしながら、税法を習得せずに、自分の処理を否認されたから納得がいかないというのは、愚の骨頂です。「税法上、認められない」と伝えても、矜持があるのか頑なに姿勢を変えません。これでは、顧問税理士が可愛そうです。少し時間はかかりましたが、法人税法と法人税法の施工令、施工規則、通達の該当箇所をコピーしてマーカーで印をつけ、なぜ業務に関係ない家族との食事代が経費としても認められないのか、なぜゲーム機の購入が認められないのかを再度説明して、修正申告書の提出を慫慂しました。

 社長は、最後には納得し、5年分の法人税と消費税の修正申告書を提出してから、カオス理論を知らなかったぼくを「勉強不足だぞ」と言って去っていきました。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)

さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人

さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人

大学卒業後、国税専門官試験を受けて合格し国税庁職員として東京国税局に入庁。法人税の調査などを行った。退職後、NSC東京校に入学し、現在お笑い芸人として活躍中。著書に『元国税局芸人が教える 読めば必ず得する税金の話』(総合法令出版)、『お金持ちがしない42のこと』(Kindle版)がある。
さんきゅう倉田公式ホームページ

Twitter:@thankyoukurata

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