元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きなガサ入れの開始時間は「日没」です。
税金を滞納する人というのは、いいかげんな人間か、常軌を逸した忘れっぽい人間か、思想的に払うつもりのない人間が圧倒的多数です。
会社員やパート・アルバイト従業員の場合は、税金を源泉徴収されているため、滞納することはほとんどありません。そのため、夕方のテレビ番組などで見かけるような、捜査員が乗り込んで来て滞納処分を受けているのは、法人か個人事業者がほとんどです。ちなみに、国税局はあのようにテレビに出ることはありません。テレビ番組では、地方自治体の税に関する部署が、住民税などの滞納を理由に差し押さえを行っている姿を映しています。
ぼくは税務調査の部署にいたので、資産の差し押さえは行っていませんでしたが、滞納する個人事業者には、多少の偏りはあるものの、あらゆる職業の方がいます。例えば、こんな方がいました。
ある女性は、確定申告は行っていたものの、所得税と消費税の納付がなかったため、臨場しました。自宅に行き、金銭的価値のあるものを差し押さえるためです。幸い、対象者は在宅していました。事情を説明すると、そう言えば逃れられるのかと思っているのか、稚拙な知識で「令状はあるのか」と言っていました。
テレビでもよく見かけますが、滞納する人間というのは、ステレオタイプ的に同じセリフを言います。誰がそんな入れ知恵をしたのか、都市伝説的に滞納者の間で広まっているのかまったくわかりませんが、なんの意味もありません。数百万円単位で税金を滞納するような人間が適当に放った「令状はあるのか」とのセリフで滞納処分が終わってしまうほど、公務員の仕事は杜撰ではありません。
たくさん勉強をして国税局に入った人間が、滞納者の思いつきの一言で仕事を中止するなどありえません。賢い人は、そんなこと言いませんし、そもそも滞納しません。うっかり滞納してしまった人も、そんなことは言いません。常に、そもそも払う気のない人たちが、無駄な抵抗をするのです。
女王様の部屋の調査
令状が必要ない旨を女性に説明して、自宅に闖入しました。女性の部屋は、科学的につくられた甘い香りが漂っていました。部屋には鎖や手錠、ろうそく、肌の露出の多いビニール製の服といった、女性の職業を象徴するようなものが散見されます。対象者の女性は、いわゆる「女王様」だったのです。
女王様の部屋には、仕事に使うと思われる道具がいくつかあって、普段見ることのない特別な道具に、好奇心を抑えきれなくなりそうでしたが、国家公務員としてのイメージもあるので、おくびにも出さず冷静に物色しました。テレビやクローゼットに隠してあった現金を差し押さえ、女王様の「もうやめてくれませんか」というセリフを脳内で「いいかげんにしろ、この豚野郎」と変換して、にやにやしながら仕事を続けました。
そういえば「令状はあるのか」というセリフも「令状をお出し!」と言ってほしかったな、などと考えていると、「それは本当にだめです」という女王様の声が後ろで聞こえました。見ると、後輩が女王様愛用の三角木馬を差し押さえようとしていたのです。
愛馬を標的にされた女王様は少し怒っているようで、ちゃぶ台の上に無造作に置かれた、使い込まれた鞭に手を伸ばそうとしていました。まさか、その鞭で「滞納処分はおよし!」とか言いながら叩くんじゃないだろうな、と思ってわくわくしながら見ていると、さすがに仕事とプライベートは分けているのか「こっちにしてください」と言って、ドラクエの「いばらのムチ」みたいな鞭を差し出したのでした。
しかし、税法では「差し押さえ禁止財産」が定められていて、仕事に必要な道具は差し押さえできません。鞭や三角木馬はあきらめて、ブランド物のバッグや服飾などを差し押さえて帰りました。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)