元国税局職員のさんきゅう倉田です。税務調査のときに言いたくても言えなかったセリフは「前の車を追ってくれ」です。
2008年ごろでしょうか。「居酒屋タクシー」と呼ばれるものが東京・霞が関周辺に現れ世間を騒がせましたが、規制により殲滅されました。
居酒屋タクシーとは、運転手が客にビールや肴を提供する個人タクシーのことです。個人タクシーの運転手は、顧客獲得ために電話番号を渡し、毎晩のように残業をしてタクシーチケットを使用する公務員を囲っていました。ビールや肴以外にもQUOカードを渡す運転手もおり、公費でタクシーに乗る公務員に対してのリベートであると問題視されたのです。
利用者からすると、お酒も飲めて利便性も高く、一石二鳥です。タクシーに乗り、クーラーボックスでキンキンに冷えたお酒を飲んで、酔いが回れば微睡んで、行き先を告げなくとも自宅に送り届けてくれる。
終電を過ぎる時間まで残業をして疲労困憊の身体を少しでも休めることができます。
少し遠回りされようとも、タクシーチケットを使いますから、料金は関係ありません。飲み物が付いてくるほうがありがたいわけです。
アルコールやおつまみを用意してでも、また、リベートを払ってでも、個人タクシーは儲かるということで、地方から都内にタクシー運転手が集まってきました。といっても、個人タクシーといえども、県外で勝手に営業はできません。都内にアパートを借りて、住民票を移して、営業をしています。
それくらいの面倒をかけてでも開業したいほど、当時の個人タクシー業界は活況を呈していました。
過剰サービスをする個人タクシー
6月に国税庁から発表された「査察の概要(平成28年度)」からもわかりますが、ここ数年、建設業の脱税が目立ちます。オリンピック特需で売り上げが躍進している建設業。活況を呈すれば、利益を圧縮しようというインセンティブが働くのです。
すなわち、タクシー運転手にも、所得を隠す誘惑に負けている蓋然性があるのです。そうなると、税務調査がやってきます。
タクシーは、営業区域、実働日数、走行距離、運送回数、輸送人員、営業収入を陸運局(現運輸支局)に報告するようになっています。つまり、タクシーの運転手に税務調査をしなくても、陸運局に反面調査をかければ、運転手が所得税の確定申告書に記載している収入金額と突合すると、売り上げの圧縮をしているかどうかが判明します。
売り上げの圧縮は、もちろん不正で、国税局がいうところの「仮装・隠蔽」に該当しますので、重加算税が賦課されます。所得税35%増しです。
実地調査は、ほとんどの場合、運転手の自宅で調査を行います。反面調査で売上除外についての証拠は揃っていますので、事実確認をすれば、すぐに使途についても明らかになります。ギャンブルや遊興費など個人的に費消することがほとんどですが、簿外の口座に溜まりがあれば、金額を把握し記録します。
また、QUOカードやビール、つまみ代は自家消費分がないかを確認し、交際費分は経費算入となります。不正を行うほとんどのタクシーは、このシンプルな方法で調査を終えることができますが、ある運転手はパソコンと複数のDVD-Rを購入し、経費で落としていました。
偏見かもしれませんが、タクシーの運転手が業務でパソコンを使用するとは思えません。運転手本人に確認したところ、特に親しくなった顧客には、QUOカードや飲食物以外にもサービスをしていると明かしました。それが、タクシーものの裏ビデオだったのです。
ビデオの詳細な内容はわかりませんが、経費として認められました。悪魔的過剰サービスですが、収入を得るために直接要した費用ですので、所得から差し引くことになります。
2010年ごろには衰退した居酒屋タクシー。ひょっとしたら、いつかあなたの街に現れるかもしれません。
(文=さんきゅう倉田/元国税職員、お笑い芸人)