人生100年時代、85歳を過ぎると20%の人が、90歳になると60%以上の人が認知症になるといわれています。寿命が80歳の頃には認知症になる人はわずかでしたが、寿命が90歳になると急に認知症の人が増えることになります。
もし、あなたが認知症になった場合、あなたの所有する不動産、預貯金、株式等のすべての資産はどうなるでしょう。
認知症になると、その資産は凍結され、成年後見人を付けないと、契約の更新や不動産の修理といった管理・運用行為ができなくなります。成年後見人は、無能力者に代わってさまざまな手続きや法律行為をします。
しかし、成年後見人が、本人(被後見人)の自宅を売るような処分行為は、裁判所の許可がなければできません。許可を得るためにはどうしても自宅を売らなければならない理由が必要で、それを裁判所がチェックします。つまり、成年後見人がチェックなしにできる行為は本人に損害が及ばない「現状維持」の行為だけなのです。
ところが、平成19年に法律が改正され、それまで信託会社の関与がないと困難だった民事信託(個人間の信託)が信託会社の関与なしにできるようになりました。家族間で委託者、受託者、受益者を決められることが多いので、家族信託と呼ばれることがあります。この民事信託を使うと、本人が認知症になっても、本人から委託を受けた受託者が本人に代わって受託者の名義で契約を更新したり、建物の修理をしたりすることができ、処分行為(建物の売却等)ですら裁判所の許可なく行うことができます。たとえば、認知症になる前の本人が委託者で、その本人が受益者、息子が受託者とします。この場合、息子が親の家を売った代金は、親本人の所有になります。このように、認知症になった親も安心して生活することができるわけです。
このケースで、もし受託者である息子等がお金を使い込んだり、不動産を勝手に売却したらどうなるでしょうか。契約違反なので、業務上横領になることがありますが、そもそも「信託」とは「信」じて「託」す手続きなので、使い込み等を防止することは困難です。信じて託すことができる人がいなければ、民事信託の設定はできないことになります。民事信託を設定したいが、心配だと思う人は「信託監督人」を信頼できる専門家(弁護士等)に依頼し、受託者が財産をきちんと管理しているか否かをチェックしてもらうことができます。
また、相続が発生した場合は、有効な遺言書があれば遺産分割協議書等が不要になり、遺産は遺言書通りスムーズに分けられますが、一旦、被相続人から相続人に渡った遺産は、被相続人の親族に戻すことはできません。つまり、遺言では2代先までの遺産の行き先を指定できませんが、民事信託では2代以上先まで遺産の行き先を指定できます。先祖代々伝えられた土地等の遺産を自分の子孫、親族に引き継がせることができるのです。そして遺言より民事信託のほうが優先されます。
こんな便利な民事信託を活用しない手はありません。認知症になってしまったら、信託契約は結べません。認知症になる前に民事信託を設定する必要があります。
デメリットとしては、確定申告に際して、信託した財産からの所得とその他の所得との損益通算ができなくなることと、信託報酬がかかる場合があることです。賃貸住宅を信託した場合の報酬は、賃料収入の5%程度ですから、大した金額ではありません。
メリットが多く、デメリットが少ない民事信託ですが、委託者と受託者間に信頼関係があることが前提です。委託者(たとえば親)と受託者(息子や娘)の間に信頼関係がなければ民事信託を設定することはできないでしょうし、むしろ民事信託を利用しないほうがいいかもしれません。
(文=藤村紀美子/ファイナンシャルプランナー・高齢期のお金を考える会)