昨年11月14日、あるTwitterユーザーによる賃貸物件の更新にまつわるつぶやきが話題となっていた。
<家賃三万値上げしたいってお知らせきたから
「同意できない。法定更新でのぞみたい。ただし据え置きの更新なら通常更新に応じる」
と返したら据え置きの更新書類送られてきてワロタ>
ツイート主が借りていた部屋は東京都足立区の家賃6万円のアパートだったそうで、貸主側が提示した1.5倍の賃上げに同意できなかったため、法定更新を提案したところ、見事賃料据え置きの更新書類を勝ち取ったという。だがコメント欄では、「実際にこんなことがありえるのか?」といった声もあり、これでは貸主側が不利な状況になるのではないかと考える人も少なくなかった。
そもそも「法定更新」とは何なのか。ごく一般的に知られている更新といえば、貸主側と借主側の同意によって決定する方法で、こちらは「合意更新」というが、「法定更新」と「合意更新」は何が違うのだろうか。そこで今回は、不動産に関わる法的トラブルを幅広く扱っている鎌倉総合法律事務所の弁護士・久保豊氏に、法定更新の仕組みや今回のようなケースが実際に起こるのかについて詳しく聞いた。
法定更新は借主を守るためにある
はじめに、賃貸借契約における更新の種類について解説してもらおう。
「大きく分けて3種類あります。まず、みなさんが一般的な賃貸借契約としてイメージするのが『合意更新』。次の契約期間の内容を貸主側と借主側でお互いに合意したうえで更新をするものです。ほかにも『自動更新』というものもあります。賃貸契約書のなかに契約期間満了6カ月前までお互い何も言わなかった場合、自動的に同一の条件で更新されるといった内容が記されていれば適用されます。
そして、今回話題になった『法定更新』とは契約期間が満了したときに、法律の規定に基づいて賃貸借契約が更新される場合のことをいい、法定更新の効果により賃貸借契約は、従前の契約と同一の条件で更新されたものとみなされます。一定の要件を満たした場合に自動的に更新がなされるという点では先に述べた自動更新と似ていますが、自動更新はあくまで当事者間の合意により予め定めた規定に基づくものである点で法定更新と異なります」(久保氏)
では、法定更新の効果を生じる場合とは、どのような場合なのだろうか。
「貸主側が契約期間満了の1年前から6カ月前までに契約を更新しない旨、または条件を変更しなければ更新しない旨の通知を借主側にしていなかった場合、借地借家法26条1項本文により、法定更新の効果が生じます。今回のツイートの場合、おそらく更新期限の数カ月前などに貸主側がいきなり3万円の値上げを通告してきたため、借主側が合意できないということで、法定更新を希望したということではないでしょうか。
このツイートの詳しい事情はわからないですが、もし直前に1.5倍の賃料に上げると言ってきたのであれば、貸主側が横暴すぎると思います。また、先述した貸主側から契約を更新しない旨の通知又は条件を変更しなければ更新しない旨の通知をした場合であっても、契約期間の満了後も賃借人が建物の使用を継続する場合に、建物の貸主側が遅滞なく異議を述べなかった場合も、借地借家法26条2項により、法定更新の効果が生じます」(同)
話題のツイートのケースは、法定更新という制度があったため、借主側が不利にならないように守られた好例といえるのかもしれない。
「借地借家法はこうしたトラブルが起こった際に、借主側の立場を守るため制定された法律です。そして、契約終了までに更新交渉が合意に至らなかった場合や、更新合意を忘れてしまった場合に、借主の住むところがなくなってしまうことを避けられるように、法定更新が法律に明記されているのです。原則として賃貸借契約には民法が適用されるのですが、民法だけでは借主側の立場を十分に守ることはできず、貸主側と対等な関係性で交渉することができません。
一方を保護しないと妥当な結論が導けないことから、従前の借地法、借家法、建物保護二関スル法律の3法を統合する形で、借地借家法が1992年から民法の特別法として施行されたのです。とはいえ、家賃の値上げに対する法定更新というものは実際に起こりやすいことですが、法定更新には注意すべきこともあるので、念入りに精査したうえで検討すべきでしょう」(同)
法定更新には良いことばかりではない
法定更新では、借主側にデメリットが生じる場合もある。
「借地借家法第26条1項但し書きに、法定更新は『ただし、その期間は、定めがないものとする。』とあるため、契約期間について定まっていない契約になってしまうということがデメリットでしょう。合意更新等の場合はたいてい2年間などの契約期間が設けられていますが、その契約期間が定まらないという点が合意更新等との大きな違いとなります。
契約期間というものは賃借人として保証された期間を意味するので、賃料を支払う義務さえ果たしていれば基本的に追い出されることはなく、貸主側が正当事由により退去を命じない限り、住み続けることが可能です。しかし、法定更新が適用されて契約期間の定めがなくなったということは、貸主側に正当な事由がある解約申入がなされた場合には、例えば法定更新から約半年後といった短い期間で出ていかなければならなくなる可能性も、実際に借主が出ていかなければならなくなるケースは極めて稀ではありますが、出てくるわけです」(同)
確かに、極めて稀なケースとはいえ、せっかく更新ができても短い期間で出ていかなくてはならないのであれば、諸手を挙げて喜べない。ちなみに契約期間の定めがないということは、更新料も発生しなくなるということなのだろうか。
「そもそも賃貸借契約は、何を借りてどんな金額で借りるかが主題ですので、更新料が定まってなくとも賃貸借契約は成立するんです。では、どういう場合に更新料を払うのかというと、貸主側と借主側が契約時や更新時にどのような条件で合意したかによって決定します。
ですから最初に定められる賃貸契約書の段階で、『法定更新や合意更新を問わず更新をした場合には更新料として新賃料の1カ月分を支払う』といったような記載があれば、借主は更新料を払う義務が発生します。そのため法定更新の際は更新料を払わなくてもいいというわけではなく、それ以前の契約内容に合意更新、法定更新にかかわらず更新料を支払うことが明記されていれば、支払う義務があるとご理解ください」(同)
正当な値上げなら合意したほうがいい?
法定更新をひとつの手段として覚えておくことは悪くないが、相場に準じた値上げであれば値上げに応じることも十分採りうる合理的な選択肢であるという。
「家賃の値上げの額が相場と照らし合わせて妥当であれば、ごねらずに受け入れたほうが良い場合もあると私は考えています。もちろん合意すべきと断言するわけではありませんし、突っぱねる権利は借主側にありますが、賃料アップに正当な理由があり合理的な範囲の値上げ幅であれば、紛争を早期かつ円満に解決するという観点から、合意することも選択肢として十分にありうると思います。
例えば、土地や建物に係る固定資産税や都市計画税等が増額したために貸主から家賃値上げを求められたとしましょう。この場合、貸主側はやむを得ない状況でそのような判断に至ったのだと考えられます。客観的に見て家賃値上げは相当であると借主側も理解を示すことで、貸主側と借主側の間で良好な関係が築きやすくなりますし、それがトラブルを回避することにもつながるからです」(同)
(文=A4studio)