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住宅ジャーナリスト・山本久美子「今知りたい、住まいの話」

賃貸住宅退去時の原状回復費用、どこまでが借主負担?知らないと大損する基礎知識

文=山本久美子/住宅ジャーナリスト
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「gettyimages」より

 春といえば、就職・転勤シーズン。これまでの賃貸住宅を引き払って、新しい住まいに引っ越す人も多いだろう。

 賃貸住宅から退去するときに、退去費用が発生する。未払いの賃料や原状回復費用などで、大家に預けた敷金から差し引かれる。大家に預けた敷金で不足する場合は、さらに費用を請求されることになる。その費用について、交渉する余地はあるのだろうか?

退去時に負担しなければならないのはどんなもの?

 そもそも「原状回復」とは、借りた住宅に住んでいる期間に生じた損傷を回復すること。だからといって、元の状態に完全に回復することまで求められるわけではない。

 では、あなたが賃貸住宅を退去するとして、次の中で原状回復費用として交渉できるものはどれだろうか?

(1)壁にカレンダーを貼ったことでできた、日焼けによる壁紙の色の違い

(2)壁紙に付着したタバコのヤニの臭いや色

(3)壁紙にできた黒ずみ

(4)カーペットに家具を置いてできたくぼみ

(5)キャスター付きの家具でできたフローリングのひっかき傷

 答えは後に譲るとして、筆者の悲しい過去について話そう。

賃貸退去時に費用面で嫌な目にあった人も多い

 実は、かなり前の話になるが、筆者も賃貸退去時に嫌な目にあったことがある。

 当時は筆者も若かったし、初めての賃貸暮らし、初めての退去で、何の知識も持っていなかった。退去時に立ち会った不動産会社が、オートバイのヘルメットの塗料がわずかに壁紙に付着しているのを見て、部屋の壁紙全部を張り替える必要があると、敷金から差し引いたうえで、さらに高額な費用を請求してきたのだ。

 リクルートで住宅情報誌の編集経験を積んだ後なら、間違いなく不動産会社を論破することができた。今思えばその時でも、勤務先の総務課にすぐ連絡をして相談をすれば、助言を受けて回避できたのだろう。ただそのときは「そんなものなのか」と思って、支払ってしまった。

 こうした事例が多いことは、調査結果にも表れている。(株)プラスワンが賃貸住宅で退去経験のある200人に調査したところ、居住年数や広さによって異なるが、退去費用は全体平均で6万3283円だった。請求された退去費用に対し、「妥当な金額だと思った」が42.5%、「安くすんだと思った」が25.0%、「高いと思った」が32.5%で、3人に1人は退去費用を高いと感じたことがわかる。

 一方、退去費用の交渉をした人は、全体の16.0%。残りの84.0%の人は交渉することもなく支払ったことになる。しかし、退去費用を交渉した16.0%(32人)のうち、81.25%の人は交渉に成功したと回答している。交渉すれば、退去費用の一部が減額される可能性も高いということだ。

 では、何を根拠に、どういった点を交渉すればいいのだろう?

退去時の原状回復費用にはルールがある

 原状回復費用についてはこうしたトラブルが多かったことから、国土交通省が裁判例などを踏まえ、明確な指針となる「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を作成している。

 それでもなお、トラブルが続いているのは、国土交通省のガイドラインを知らない借り主が多いからだろう。先ほどの調査結果でも、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を知らなかった人が74.0%もいた。

 さらに、4月1日の民法改正では、ガイドラインを受ける形で、原状回復の範囲について明記された。改正後の民法では、まず「敷金から未払い家賃や原状回復費用などを差し引いた額を借り主に返還する」ように定めている。さらに、原状回復について「貸主が負担すべき通常の使用による損傷や経年劣化などを除き、借り主は原状回復しなければならない。ただし、借り主の責任によらないものは原状回復する必要がない」としている。

 つまり、普通に生活するうえで発生する損傷や経年劣化などは貸し主が負担するという線引きがあるわけだ。

 例えば、先ほど例示した事例で見ていこう。

(1)の「壁にカレンダーを貼ったことでできた、日焼けによる壁紙の色の違い」は、壁にカレンダー等を貼ることを通常は禁じられないので、普通に生活してできたものと判断でき、「貸主負担」となる。借り主が壁紙の張り替え費用を負担する必要はない。

(2)の「壁紙に付着したタバコのヤニの臭いや色」は、程度によるだろう。普通の生活で生じる程度であれば「貸主負担」となるが、ヘビースモーカーで部屋全体にわたってヤニ焼けやヤニ臭さが生じている場合は「借り主負担」になることもある。もちろん、喫煙不可の賃貸で喫煙していた場合は、程度によらず「借り主負担」になる。

(3)の「壁紙にできた黒ずみ」も原因によって変わるだろう。冷蔵庫やテレビの裏側にできる黒ずみ、いわゆる電気焼けは普通の生活で生じるものなので、「貸主負担」となる。しかし、自分が設置したエアコンからの水漏れを放置したことでできたカビによる黒ずみであれば「借り主負担」になるだろう。

 このように考えていくと(4)の「カーペットに家具を置いてできたくぼみ」は、通常とは異なる重量のある家具でもなければ「貸主負担」で、(5)の「キャスター付きの家具でできたフローリングのひっかき傷」は、注意して使えば避けられたので「借り主負担」と判断できる。

 また、国土交通省のガイドラインでは、借り主の責任で生じた壁紙の黒ずみだったとしても、借り主が負担するのは汚れた周辺の張り替え費用でよいとしている。他の壁面と色や柄が合わないからと、汚れていない部屋全体の壁紙の張り替え費用まで負担する必要はないというわけだ。

 そうはいってもこの線引きはなかなか難しいものがある。国土交通省のサイトから、ガイドラインをダウンロードして、きちんと読み込んでおく必要があるだろう。

原状回復の目安となる「ご印籠」を持参して交渉しよう

 トラブルを生む要因はほかにもある。

 例えば、鍵の交換費用で考えてみよう。鍵を紛失したことなどが理由で交換するのであれば、「借り主負担」、そうでなければ「貸主負担」となるのが一般的な線引きだ。ただし、次の入居者のセキュリティのために、退去後に鍵を交換することがよく行われている。そのために、賃貸借契約で「鍵の交換費用は借り主負担とする」という特約を付けることがある。

 ガイドラインも民法も、法外でない範囲であれば、特約によって一部の負担を借り主が負うことを否定しているわけではない。なので、この特約について契約時に理解して合意したのであれば、その場合の鍵の交換費用は紛失していなくても「借り主負担」となる。賃貸借契約書に原状回復の費用についてどういった記載があるか、入居時も当然だが、退去時にも再度確認しておくべきだろう。

 また、入居時にすでにあった傷か、入居後についた傷かがあいまいなために、「前からあった傷まで費用を負担させられた」というトラブルも起きる。そのためにガイドラインでも、入居時に借り主や貸主、管理会社が立ち会って、具体的な故障や傷の有無を確認して記録に残すことを勧めている。両者の立ち合いが難しい場合は、入居時点に気になる傷などがあれば撮影をしておいて、記録に残しておくとよいだろう。

 また、建物や設備機器を適切に使用することも求められるので、居住中にルールやマナーを守った生活をすることも必要だ。つまり、退去費用のカウントは、入居する時からすでに始まっているということだ。

 このように、退去時の原状回復費用で払い過ぎにならないためには、「賃貸借契約書」と「国土交通省のガイドライン」を確認して、請求される項目が妥当かどうか見極めることがポイントとなる。

 それには、退去費用の交渉の際に、ぜひ「賃貸借契約書」と「国土交通省のガイドライン」(東京都の賃貸住宅なら、東京都の「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」も効果的)を持参しよう。これらを確認することで、交渉材料に使うことができるだけでなく、これを持っている=不動産会社が「抜かりがない相手なので、いい加減なことはできない」と思ってもらえる、という効果が大きいからだ。

(文=山本久美子/住宅ジャーナリスト)

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