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安倍首相と雲泥の差…吉村大阪府知事、人気沸騰の陰に隠れる“アキレス腱”

写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト
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吉村洋文大阪府知事

 通天閣と太陽の塔が緑色にライトアップされ、大阪府のマスコットキャラクターの「もずやん」が微笑んだ。5月16日午前零時。

 吉村洋文大阪府知事が5日に発表した、新型コロナウイルス感染拡大に伴う休業要請を解除する府独自の条件、大阪モデルを達成したからだ。その条件とは以下の通り。

(1)陽性率7%未満

(2)感染経路不明の新規感染者が10人未満

(3)新型コロナ重症者のベッド使用率60%未満

 この3条件を満たす日が7日間続けば休業要請を選択的に解除することを発表していた。政府は14日に39県の緊急事態宣言を解除したが、大阪は含まれていない。段階的に解除する「出口戦略」がスタートした。吉村知事は会見で「新型コロナウイルスとの共存の第2ステージに入った」と気合を入れた。

 休業要請に応じないパチンコ店の店名を全国に先駆けて公表するなど、「みんなで渡れば(渡らなければ)怖くない」という日本的横並び文化に一石を投じる吉村知事への評価がうなぎ上り。テレビなどでの露出度が高まっている。

 吉村知事は「数値で示すことが重要」と大阪モデルを打ち出した。「一定の割合になったら」など、失敗した時の責任回避のために抽象的な言い回しに終始する霞が関の官僚たちに囲まれ、堂々と会見しているように見せかけて記者の後ろに立てたプロンプターなどで彼らに用意させたものを読むだけ、質問は事前提出の安倍晋三首相との差が際立つ。

 吉村知事は5月、「国は全然、休業要請解除などの道を示していない」として西村康稔経済再生担当相を批判したが、「休業要請や解除は都道府県知事の権限。吉村さんは勘違いしているのでは」と反論され、勘違いだったとツイートで謝罪した。しかし「知事の権限ですね。ならば独自でやらせていただきます」とばかり逆手に取っている。

 一方、小池百合子東京都知事は「出口戦略では終わったような印象。そういう言葉は使いません」とし「フェイズ」「ロードマップ」などお得意の英語をひけらかした案を示すが、浪速の若い知事を明らかに意識している。

 昨年の統一地方選で維新の会は、松井一郎前大阪府知事と吉村前大阪市長のポストを入れ替えて臨み、2人とも当選した。松井現市長が表に出ないのも成功している。「松井さん、ちょっとあんちゃんみたいやから、吉村さんが大阪の顔になったほうがええわ」(40代の女性)という声も聞く。 

 元大阪府知事の橋下徹氏の後継だが、橋下氏のように無用に記者を挑発して「喧嘩の土俵」に引きずり込むことはしない。あくまでも「誠実に」応える。14日の会見では、メディアは事前に広報から「質問は府政に関することに限定してください」と言われていたにもかかわらず、終了間際に「検察官の定年延長をどう思うか」とジャーナリストが質問。

 吉村知事は「検事総長の人事は内閣に権限があると思っています。それがおかしいと思うなら選挙で落とせばいい」などと丁寧に回答していた。一般の知事なら「私がお答えするような質問ではありません」と言って立ち去るだろう。

懸念される個人情報掌握と監視社会化

 そんな吉村知事が12日に発表したのが「大阪コロナ追跡システム」。不特定多数が集まる劇場やライブハウス、イベントの主催者などに大阪府のHPからQRコード(2次元コード)を取り込ませ、印刷して入口に掲示させる。訪れた参加者や利用客がスマホで読み込み、府のHPにメールアドレスを登録する。のちにそこで感染者が発生すれば、府がメールで一斉送信し注意喚起するというもの。

 吉村知事は「登録は1分でできます。施設や集会で陽性者やクラスター(集団感染)が発生した場合、できるだけ早く情報を提供し、新たなクラスターが発生するのを防げる」とPR。「個人情報を守りながらITで新型コロナの追跡システムをつくれないかを検討してきた。あくまでお願いベース。『この店、QRコードはないの?』という空気を大阪でつくっていきたい」と話した。

 会見で筆者が「知事本人のご発案ですか」と尋ねると、「この老人ライター、誰やろ」という顔をしながらも「発案者は府庁のスマートシティ戦略部の坪田(知巳)部長です。役人にはこんな発想できません」などと答えた。日本IBMの大阪事業所長だった坪田氏は橋下知事時代に導入された「民活導入路線」で4月から抜擢された。

 さて、吉村知事は「台湾や韓国はITで陽性者の動きを把握し、それを情報公開して感染拡大防止に努めているが、個人情報の保護を優先するのが日本の法体系。府はメールアドレスだけを管理。名前や住所、電話番号、GPSによる行動履歴などは取得しない」とするが、メールアドレスは個人情報ではないのだろうか。

『マイナンバーはこんなに恐い!』(日本機関紙出版センター)などの著書がある自治体情報政策研究所(大阪府松原市)の黒田充代表は、「メルアドも立派な個人情報だ。メルアドだけで個人を特定できる場合も多い。膨大な個人情報を持つ府がメルアドを氏名、住所などと結びつけることも可能。QRコードをスマホで読み込みメルアドを登録することで、このイベントにこの日時に来たといった行動履歴の個人情報を府に知らせることになる。本人からの同意を得るなどを、再検討すべき」とする。

 こうした懸念を府政担当の大手新聞社の記者に話すと「そうなんですよね」と返ってきた。それなら書けばいいじゃないかと思うのだが、記者たちは吉村知事が矢継ぎ早に打ち出してくる会見内容を伝えるのが精いっぱいで余裕がない。

 元大阪府議のジャーナリスト山本健治氏は語る。

「当初、北海道の鈴木直道知事が高い評価を得て、吉村知事や小池都知事が負けずに目立とうとした。『早くてわかりやすい』のポピュリスト政治が国レベルからコロナ騒動で首長レベルになっただけ。吉村知事が打ち出した、20万円をクオカードで医療関係者に支給することを民間のカード会社にやらせれば、プライバシーはだだ漏れです。府民はもっと危ないと考えるべきです」

 人気沸騰の時こそ政治家は要注意だ。

粟野仁雄/ジャーナリスト

粟野仁雄/ジャーナリスト

1956年生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪大学文学部西洋史学科卒業。ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。翌年からフリーランスとなる。社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。
『サハリンに残されて−領土交渉の谷間に棄てられた残留日本人』『瓦礫の中の群像−阪神大震災 故郷を駆けた記者と被災者の声』『ナホトカ号重油事故−福井県三国の人々とボランティア』『あの日、東海村でなにが起こったか』『そして、遺されたもの−哀悼 尼崎脱線事故』『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』『アスベスト禍−国家的不作為のツケ』『「この人、痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。神戸市在住。

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