防衛省は7月、陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア(陸上イージス)」の配備費用が総額約4664億円になると発表した。しかし、配備費用が当初予定額の2.9倍に膨らんだ経緯や、陸海空の3自衛隊からの要望もなく、2014~2018年の中期防衛力整備計画にも入っていなかったイージス・アショアの導入が急遽決まった理由については、一部から疑問の声があがっている。さらには、イージス・アショアが北朝鮮からのミサイル攻撃に対して有効ではなく、そもそも日本の防衛が導入の目的ではないという指摘もある。そこで、軍事ジャーナリストの田岡俊次氏に話を聞いた。
防護能力が「抜本的に向上する」わけがない
――秋田市の陸上自衛隊新屋(あらや)演習場と山口県萩市のむつみ演習場にミサイル防衛用のミサイル基地を建設する計画があるが、その「イージス・アショア」とはどのようなものですか。
田岡 「イージス・システム」は本来、冷戦時代に米空母群をソ連の爆撃機が発射する対艦ミサイルから守るために開発されました。米艦隊がソ連沿岸に接近すると相手は100機ほどの爆撃機を出動させ、対艦ミサイルを撃ってくる。だから、強力なレーダーを持ち、同時に14もの目標に向けて対空ミサイルを誘導できるシステムを作った。イージス巡洋艦、駆逐艦は前部と後部の甲板下に90発から122発のミサイルを垂直に収納し、次々に発射できます。
1991年の湾岸戦争でイラク軍は弾道ミサイル88発を発射した。それへの対策として一部のイージス艦は弾道ミサイル迎撃用のミサイル「SM3」を積み、それを誘導できるように改装された。その艦載ミサイル防衛システムを陸に揚げて使おうというのが「イージス・アショア」(陸上イージス)です。
――日本はイージス艦を何隻も持ち、地上配備用には「パトリオット・PAC3」もあるのに、陸上用のイージスを買う必要はあるのでしょうか。
田岡 イージス艦は6隻あり、うち「こんごう」級4隻は弾道ミサイル防衛用の「SM3」を積み、「あたご」級2隻は対空ミサイルを搭載していました。軍艦は1年に約3カ月はドックに入り点検、修理をするから、ミサイル防衛用のイージス艦で出動可能なのは3隻でした。過去2年ほどは常に2隻を日本海などに出し、北朝鮮のミサイルに対する警戒配置につけていました。
だが3隻中の2隻を海上に出し続けると乗組員は何カ月も家に帰れず、疲労が激しい。だから2013年に決めた「防衛計画の大綱」(10年間を見通す)と「中期防衛力整備計画」(5年計画)ではイージス艦を8隻にし、すべてがミサイル防衛用のSM3を搭載することに決めたのです。「あたご」はそのための改装を終了し、同型の「あしがら」を改装中、7隻目のイージス艦「まや」は今年7月30日に進水、次の1隻も2021年3月に就役予定で8隻態勢が完成します。そうなれば可動6隻のうち4隻を2交代でミサイル防衛の配置につけ、2隻は本来の任務である艦隊防空に回せるとの考えでした。
陸上イージスは自衛隊が望んだものではなく、「大綱」「中期防」の計画にも入っていなかった。米トランプ政権が購入を迫り、日本政府は昨年12月に「政治判断」で導入を決めました。まるで5階建てのビルの設計図を描き工事を進めていたところ、突然「8階建てにしろ」と言われたようなもので、防衛省は必要性の説明に苦労する。だから地元への説明や防衛白書の「解説」ではイージス艦が近く8隻になることには触れず、「4隻態勢の現状では足りないから陸上イージスが必要」という。これは国民が防衛問題をよく知らないことに乗じた、まやかしです。
また「北朝鮮はわが国を射程に収める弾道ミサイル数百基を保有する」として脅威を訴え、陸上イージスの配備で防護能力が「抜本的に向上する」という。だが、陸上イージス1基のミサイルの定数は24発で、数百基の弾道ミサイルに対し防護能力が「抜本的に向上する」わけがない。ひどい誇大広告です。
目的は米国の防衛
――陸上イージスを導入しなくても、日本は一応のミサイル防衛能力を持っているのでしょうか。
田岡 そうではない。迎撃用ミサイルの弾数が少な過ぎます。「こんごう」級イージス艦の垂直発射機には各種ミサイル90発が入るが、弾道ミサイルを迎撃する「SM3」ミサイルを各艦8発しか積んでいません。1発16億円もしたからです。相手が核弾頭付きミサイルと、火薬弾頭付きミサイルを混ぜて発射してくれば、1隻1600億円(改装費を含む)のイージス艦も最初の8目標に対処しただけで「任務終了、帰投します」とならざるをえません。
PAC3は自走発射機が34輌あるが、射程20km以下で局地防衛にしか使えません。新型に交換中だが、それでも30km程度です。発射機には迎撃ミサイル16発を入れられるが、4発しか入れていません。これは不発、故障に備え1目標に2発ずつ発射するから、1輌で2目標に対処できるだけ。日本のミサイル防衛は形だけ。政府が「万全の態勢」と言うのはウソです。私が「陸上イージスを導入するより、迎撃ミサイルの弾数を増やすほうが合理的ではないか」とミサイル防衛に関わった上級制服幹部たちに言うと、ほぼ例外なく「おっしゃる通り」との反応が返ってきます。
陸上イージスを秋田、山口に置くのも変です。北朝鮮から東京に向かうミサイルは能登半島上空を通過し、大阪に向かうなら隠岐島付近を通る。迎撃は正面から行うほうが命中率が高く理想的とされるので、能登や隠岐に配置するならまだ理屈も立ちます。秋田はハワイに向かう軌道のほぼ下、山口はグアムへの軌道の下なので、米国ミサイル防衛局の専門家がそこを勧めた様子です。
――ハワイ、グアムの防衛用なら米国が費用を出すべきで、日本が全額負担するのは筋違いではないでしょうか。
田岡 米国はルーマニアに陸上イージスを配置、ポーランドにも建設中、韓国には「サード」を配備したが、いずれも米国が全額を負担しています。日本政府は自ら巨費を投じて日本をアメリカの防波堤にしようとする。当初、米国側は「1基800億円で2023年に配備できる」と言っていたが、日本の内閣が導入を決めると間もなく、1基1340億円と68%も値上げし、納期も2年遅れて2025年に変えました。交換部品や要員の教育、訓練費などを含むと米国への支払いは4664億円。ミサイルは別売りで1発約40億円、1基に定数の24発ずつだと48発で1900億円。一部の用地収用、整地、宿舎などの建設費を入れれば計7000億円以上になるでしょう。
米国防総省との契約「FMS」(対外有償軍事援助)で輸入するが、この方式では代金は前払い、価格、納期は見積もりにすぎず、米国側は拘束されない条件です。米国は日本政府が導入を決め、後戻りができなくなるのを見計らって値を吊り上げてくるのが常です。
たとえばF35Aステルス戦闘機は選定段階では1機89億円と言われたが、2011年末に採用が決まると122億円に値上げし、2017年には147億円です。納入が遅れたり、前払い金の精算をすぐしないこともしばしばです。納期から1年以上たっても納入されない物品と2年以上精算されていない額は、1999年度末には2903億円に達しました。会計検査院の指摘を受けた防衛省は催促に努め、一時は減ったが、近年また増え、2016年度で納期より1年経っても納入されていない物品が189億円、2年以上の精算遅れが623億円ある。来年度予算の概算要求ではFMSによる発注が6917億円で、2012年度の1380億円の約5倍だから、未納入・未精算も増大しそうです。
防衛省のデタラメな説明
――陸上イージス配備が計画される秋田、山口では住民に危険はありませんか。
田岡 山口県のむつみ演習場は日本海岸から約10kmの山地で、そのすぐ北には阿武町に属する集落があり、レーダー電波による障害が案じられます。防衛省は「Sバンドの電波は無線LANも使っていて安全」と言うが、無線LANの出力は100分の1ワット、イージス艦のレーダーは最大400万ワットだから4億倍、陸上イージスのレーダーはさらに強力で、これを同一のように言うのはごまかしです。
防衛省の役人が「レーダーは上に向けて電波を出すから地上の人々に影響はない」とも言ったと聞きます。だが、地球は丸いから1000km離れた地点で発射された弾道ミサイルは約6万mの高度まで上昇すると水平線上に姿を現す。それを早く発見するため、レーダーは通常水平線を睨んでいます。レーダーを上に向けていては間に合いません。こんなデタラメを防衛省が地元民に言うとは嘆かわしい。国家公務員の質の低下を感じます。イージス艦は入港前にはレーダーを切り、港内や市街地の人々に害がないようにしています。
もし北朝鮮が自暴自棄の状態になって戦争が始まれば、最初に敵のレーダーや対空ミサイル陣地を叩くのは定石です。北朝鮮には航空攻撃能力がないが、その代わりに弾道ミサイルを使うかもしれません。特殊部隊を海から潜入させ、ロシアが中東などに輸出している「9K115」のような小型の携帯式の対戦車ミサイルでイージスのレーダーなどを壊す可能性もある。その射程が1kmとすれば円周6kmあまりを警備する必要がある。4交代で常に守るには1基当たり800人程度いるでしょう。「イージス艦の乗組員は300人あまり。うち約200人は艦を動かす要員だから、陸上にイージスを配備すれば船乗りの分だけ人件費が節約できる」との論もありました。だが、これは陸上に置けばもっと多数の警備要員が必要になることを忘れたような説でした。
(構成=編集部)