新型コロナウイルスの感染拡大によって日本国内に不安が広がるなか、70年以上前にアルベール・カミュによって書かれた『ペスト』が今あらためて読まれている(日本国内でも久々に増刷がかかり、ヨーロッパでも売れているようだ)のは、まさに世相を表しているといえよう。
トイレットペーパーやマスクの買い占めなどからもうかがえるが、非常事態は個々人の人間性をむきだしにする。とりわけ、目には見えず、いつ自分や家族が感染するかもしれないウイルスと対峙しなければならなくなった時、個人と社会に何が起きるのか。
『ペスト』は1940年代のアルジェリアを舞台に、致死性の高い疫病の流行によって神経質に揺れ動く群集心理を描いているが、感染症によって一変する社会と人を描いた小説は、その後も多く書かれてきた。
■『白の闇』(ジョゼ・サラマーゴ/1995年)
疫病の感染爆発による人々の混乱と社会の崩壊を描いた作品として出色なのが、ジョゼ・サラマーゴの『白の闇』だ。
ある意味でペストや今回の新型コロナウイルスよりも恐ろしいかもしれない。この小説で描かれているのは感染性の「失明」である。
ある都市で感染すると突如失明する疫病が流行し、その症状への恐怖と原因が解明されないことの不安から、人々は恐慌に陥り、社会は機能を停止する。そんな中、感染せずに視力を保った人間はどう振舞ったのか?私たちが今置かれた状況に見事に符合する小説だ。
■『隔離の島』(ル・クレジオ/1995年)
フランスのマルセイユからモーリシャスに向かう船の中で生じた天然痘の流行によって、乗客たちは目的地にほど近いプレート島に緊急上陸し、40日間隔離されることになる。「旅行者」にとってはパラダイスであった美しい島も、隔離されれば「監獄」となる。
疫病の発生によって偶然に生まれた小社会を、感染流行が不気味に変えていく。島に乗客らを残して船が水平線に消えた時、恐怖や不安といった乗客たちの心情にある変化が。
■『コレラ時代の愛』(ガルシア=マルケス/1985年)
「コレラ」という名前がタイトルに入っているが、作中でコレラに感染した人々がパニックを起こしたり、社会が混乱するような描写はなく、コレラが明確に存在感を示すことはない。しかし、物語の背景に、人々の行動の「前提」として、コレラはしっかりとその爪痕を残している。
一人の女性を、彼女が少女だった頃から思い続け、彼女が結婚しても、彼女の夫が死んでも、自分が年老いてもなお諦めずに待ち続けた一人の男の一生を描いた作品。
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伝染病によって社会に何が起きるのか、「木を見て森を見ず」ではないが、事態の只中にいると、起きていることの全体像を把握するのは難しい。そんな時、疫病の流行を描いたフィクションの数々は、今私たちの社会で何が起きていて、どう振舞えばいいのかを考える際のひとつの道しるべになるのだろう。(山田洋介/新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。