専用スペース設置で、社員のイライラ、コミュニケーション不足も解消!
陶磁器の中堅メーカー・A社も、オフィス問題で頭を悩ませた企業のひとつだ。名古屋近郊に本社を持つA社は、5年前の中国への工場進出が当たって業績はウナギのぼり。毎月中途採用をしても人手が足りないという、嬉しい悲鳴が続いている。オフィスも手狭になったが、現在の本社ビルに移ってまだ6年。賃貸契約の問題もあるし、コストもかかるので、すぐ移転というわけにはいかない。最初のうちは無理やりフロアを入れ替えたり、レイアウトを手直しして乗り越えたが、せせこましい社内を社員が右往左往することになり、みんなのイライラはしだいに極限に近づいた。つまらぬ行き違いで口論も頻発。書類の紛失やミスも続出する始末だ。
そこで急遽、本社ビルの近くにオフィスを確保して分散。計3カ所にタコ足の状態となり、今度は社員同士のコミュニケーションが不足するという、さらに大きな問題が浮上してきた。社員の間からは、
「部署をまたぐ仕事で、すり合わせがうまくいかない」
「一体感が薄れてきたように感じる」
という不安がささやかれ、管理職が集まると、
「部下が何をやっているのか、つかみづらくなった」
「何をやっても盛り上がりに欠ける」
という不満が続出する事態となってしまった。
オフィスデザインを手がける株式会社デザインワークスプロジェクト(東京・千代田区)の取締役プロジェクトマネジャー・小栗公二氏は、「企業がオフィスのあり方を見直すきっかけの8割方は、コミュニケーションに対する危機感」と語る。ほかにも接客や会議のスペース、採用、企業ブランディングなどが動機になることもあるが、それらの場合でも必ず、同時に社内コミュニケーションの問題も解決したいと考えているという。
典型的なのは、立ち上がりがうまく軌道に乗って垂直成長を続ける企業。あるいは新規事業が活況を呈して、第2創業期状態にある企業など。膨張する業務量、増え続けるマンパワーとともに、必ず社内コミュニケーションの問題に直面する。社員同士のコミュニケーションがうまくいかなくなると、社員にフラストレーションが蓄積され、モチベーション(やる気)にも影響してくる。組織は複合汚染のごとき症状を起こすのである。
A社は結局、専門家の意見を入れ、近い将来オフィスをひとつのビルに統合することを視野に入れながら、当面はコアとなるビルに社員のコミュニケーションの場となるスペースを設けることにした。そのビルでは、オフィス入口付近に広い空間があり、そこに丸いテーブルが多数配置された。それぞれのビルから関係者が集まって打ち合わせに使ったり、空いた時間に社員同士がコミュニケーションを交わせる場所だ。壁面には資料棚が取り付けられ、仕事関係の本を取り出して読む社員の姿が見かけられる。
また、気分転換に音楽や映像、ドリンクなども楽しめるようにした。そうした取り組みが功を奏し、通りがかりの同僚や打ち合わせを終えた社員同士などで、自然と会話がはずむ光景が普通になった。
採用活動にも効果テキメン
小栗氏はA社の経過について、次のように分析する。
「マグネットスペース(社員が自然と集まりやすい空間)の導入など、応急処置としては成功の部類に入るだろうが、根本的な問題解決は、近い将来のビル統合まで待たなければならないだろう。オフィスを変えたことによってどれほどの投資効果が出たか? というのは経営層が一番知りたいことだろうが、その効果を数値化するのは難しい」
A社においても、おおむね社内外で好評だが、それはごく主観的な感想にすぎない。だが唯一、例外的に数値化できる部分もある。それは採用面に現れる効果である。オフィスをつくりかえ、それを応募者に積極的に公開することで、採用効果を劇的に変えた企業は少なくない。A社においても、そろそろ応募者のエントリー数や応募者の質について、前年度との比較データが出てくるだろう。
次回は、A社同様オフィスのあり方に危機感を覚え、そのピンチを新たなチャンスにつないで注目された企業をレポートする。
(文=岩崎寿次/ビジネスコラムニスト)