2013年3月30日、「日本維新の会」共同代表の石原慎太郎氏が、約一か月の入院生活を経て久しぶりに公の場に姿を現した。
13年半もの間務めた東京都知事を辞任、橋下徹大阪市長率いる「日本維新の会」との合流、そして選挙を経ての国政復帰と、昨年末から今年にかけての政界は、間違いなく同氏を中心に回っている。
「暴走老人」を自称し、良くも悪くも率直な発言が取りざたされる同氏だけに、肝心の政治信条や政策がきちんと国民に伝わっているとは言い難い。マスコミが報じる“問題発言”だけを見て、一方的に嫌悪感を持っている人もいるだろう。
しかし、都財政の立て直しや、排ガス規制など、同氏の都知事時代の功績は大きい。そして今、彼は再び国会議員として、日本への「最後のご奉公」をしようとしている。
その姿勢が鮮明に表れたのが、2月12日に行われた衆議院予算委員会だ。
「日本維新の会」共同代表として質疑に立ち、実に1時間40分にわたり安倍普三首相に対して、「国民への『遺言』」と銘打って質問をぶつけたのである。
質疑という場ではあるが、そこには石原氏の国政への意思と主張がはっきりと表れた。
「戦争の勝利者が敗戦国を統治するために強引に作った即成の基本法が、独立した後も何十年にわたって存続している事例を私は歴史の中でみたことがない」
石原氏の憲法改正へのこだわりは強く、「日本の今日の混乱、退廃の原因」として、この議題を質疑の冒頭で取り上げた。
現行憲法はアメリカが日本を統治するにあたって強引に作ったもので、今の日本にはなじまない。早急に自分の国を自分で守りきる体制を作るべき、というのが同氏の基本的な考えだ。
憲法については、文学者らしく日本国憲法条文の文章的な醜さも挙げて、日本語として不備のある条文が未だに残っていることの不自然さを主張した同氏。現行憲法の大幅な変更は、国会議員としての活動の基幹となるはずだ。
「日本は毅然とした態度をとったほうがよい。毅然とした態度とは何か。パチンと鯉口を切ることです」
あえて「紛争」という言葉を出し、尖閣諸島の領有権も俎上に上げることも忘れない。
同じく領有権を主張している中国に対して「毅然とした態度で臨むこと」を安倍首相に要求し、たまらず首相が2013年度の防衛予算を増やしたことを告げると「もっと、もっと」と煽った場面は、この日のハイライトだろう。
「尖閣諸島については、万が一にも日本の実効支配を揺るがすことができるかもしれないと相手国に思わせることがあってはいけない」と強硬とも言える主張を掲げ、尖閣諸島の一部を都が買い取る方針を打ち出したのは記憶に新しいが、その後国有地となったこの地を、国会議員としてどう国益に結びつけていくか、手腕が問われる。
『石原慎太郎 「暴走老人」の遺言』(西条泰/著、ベストセラーズ/刊)には、同氏のメンタリティと矜持がいかにできあがったかが、綿密な取材に基づいて書きつづられている。
何かと誤解を受けることの多い石原氏だが、強烈な信念と推進力を持った政治家であることは間違いない。そして、自分のパブリックイメージを自覚したうえで、あえて悪役を演じていることにも異論の余地はないだろう。
同氏にそうさせているのは、本人が国政復帰の際、冗談交じりに「若いヤツ、しっかりしろよ」と語ったように彼の足もとをすくい、引退を迫る「若者の不在」だ。
『太陽の季節』で芥川賞を当時23歳の最年少で受賞しデビューした氏は、同時代の大人や老人たちを追いやって今の地位を築いたとも言える。それだけに、当時の彼のように「老人」を追いやる若者の出現を、本人は案外本気で望んでいるのかもしれない。
そう考えると、前述の「国民への『遺書』」発言とそこにいたるまでの経緯が綴られた本書は、彼を嫌いつつも蹴落とすことのできない若者への挑発であり、エールであるとも読める。
(文=新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。