世界的な流行を見せる新型コロナウイルスは、私たちの生活を一変させた。そして、「外出自粛」の名のもとにIT企業を中心に多くの企業が業務をテレワークへと移行させている。ただ、テレワークは作業の効率が上がるという声があがる一方で、テレワークへの移行によってメンタルの調子を崩してしまう人も少なくない。
Mさん(40)の会社では2020年4月の緊急事態宣言を受け、全社的に在宅勤務へとシフトすることになったが、オフィスと同じ環境を作るために、ビデオ通信システムは就業時間中、常にONにすることが求められた。
これによって、いつでも見張られているような感覚に陥ったというMさん。作業報告もかなり細かく求められるため、精神的負担は増していった。そしてある朝、会社のパソコンを立ち上げることが億劫になってしまった。
これは一つの事例だが、「仕事とプライベートの境界線があいまいになって辛い」といった声も上がる。そこにこの先行きが全く見えないコロナ禍の状況がストレスを増大させる。私たちは今、自分が意識している以上に、ストレスがかかっているのかもしれない。
このMさんの事例は、『IT技術者が病まない会社をつくる』(言視舎刊)で登場する。本書の著者であるベリテワークス株式会社代表の浅賀桃子氏は、IT事業について、現場・人事・経営者の3つの視点を兼ね備えたカウンセラーだ。
IT企業の人事として働いていた経験がある浅賀氏は、「心が折れる人が多い」「ブラックだ」と言われがちなIT業界について、不調の兆候があっても無理をして頑張ってしまい、結果、長期休職や退職に追い込まれるケースを多数見てきたと言い、「各種統計を見ても、残念ながら今のところメンタル不調になる方の割合が高い業界であることは否定できません」(p.3より)と述べる。
メンタル不調を引き起こす4つの大きな要因
スタッフのメンタルの不調を呼び起こす原因は様々だが、主な要因としていくつかにまとめることができる。
1つめは「労働時間の増大」だ。「労働時間が長すぎて辛い」と周囲に助けを求められればまだいいが、それができる人ばかりではない。自分の不調を伝えられずに追い込まれていく「サイレントうつ」と呼ばれる人もいる。さらにこのコロナ禍におけるテレワークの増加が、それに拍車をかけている恐れがある。浅賀氏は「経営者や管理職にはより一層、労働時間を把握したうえでの対処が求められます」と警鐘を鳴らす。
2つめは「成果主義と描けないキャリアプラン」だ。日本では「成果主義」型の人事評価制度が導入されてきつつある。しかし、この成果主義がメンタルの不調をもたらす要因の一つとなっているという。例えば「評価基準が明確ではない」「評価の公平性確保が難しい」といったことから、「社員間の連携、人間関係への影響」、さらには「成果が把握しづらい」ということもある。
その上で、これまでの年功序列制度なら「何歳になったらこのクラス」といったキャリアのイメージが掴みづらくなり、キャリアプランを組みにくくなったという声があがっている。
3つめは「ジタハラ」だ。これは「時短ハラスメント」のことで、「残業するな」「早く仕事を切り上げろ」と言われる一方でやらなければいけない仕事量は減らず、山積みの状態で仕事場を離れ、持ち帰り残業をすることになってしまう。現場では「やらないでいい業務」をなかなか判断できない。これを解決するには、経営・マネジメント層自らが判断し、全社の方針として徹底させていくことが求められる。
4つめは「職場での人間関係」だ。特に問題なのが「上司との人間関係」である。特定の人へのえこひいきが見られたり、指示が朝令暮改であったり、見せしめのように叱って威圧するような理不尽な上司にあたってしまうと、メンタルを病んだり、仕事の生産性が下がってしまう。また、中間管理職には理不尽上司と部下との板挟みで悩むケースも見受けられるという。
この4つの要因の上に、IT業界ならでは要因が覆いかぶさってくる。本書では「多重下請け構造」や「客先常駐」、「ドッグイヤー」(技術革新のスピード)といった要因が挙げられており、業界内部にいる人であれば頷けるのではないだろうか。
では、一体どうすればメンタル不調者を出さない会社に変えていくことができるのか。本書ではその方法や必要な考え方についてもしっかり解説されている。一つキーワードをあげると「心理的安全性」というものがある。近年よく聞くキーワードだが、組織の生産性向上の土台となるものであり、チームを加速させるために必要な要素だ。
スタッフがメンタル不調に陥ると、業務がなかなか進みにくくなってしまう。それはひいては会社の業績にも紐づいていく。なぜ不調を訴える人が多いのか、その要因をつかむことが経営者やマネジメント層に求められる。その時に本書は大いに役立つだろう。
変化に強い人もいるが、多くの人は戸惑いを覚えるもの。変化を余儀なくされる時代だからこそ、読んでおきたい一冊だ。(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。