洞窟。ライトがなければ何も見えないような暗い空間。進んでゆく道の先に何があるのかは誰も知らない。生涯忘れられないような絶景が待ち受けていることもあれば、死に直結するような事故が起こることもある。
一方から見ればロマンが溢れ、また一方から見れば恐怖の世界。そんな洞窟の探検に人生を捧げた男がいる。吉田勝次氏だ。
吉田氏にとっての初の洞窟探検は28歳のとき。もともと暗いところは苦手だったが、洞窟探検サークルの存在を知り、自分でも洞窟に入れるのではないかと考えたのだ。
はじめての洞窟はごくごく普通の横穴だったが、入ってみると異世界のように思えた。暗闇の中を這うように進んでいく吉田氏のテンションはすぐに最高潮に達し、「オレがやりたかったのは、こういうことなんだ!!」と目の前が明るくなるようだったと回想している、
紆余曲折あった人生。10代の頃から、もやもやを抱えていた。そんな吉田氏の心は洞窟にわしづかみにされた。
■体が狭い通路にはまり込み…命の危険も
吉田氏はよく「洞窟って危なくないんですか?」と聞かれることがあるという。 確かに落石の危険性があるし、岩と岩の間に挟まって動けなくなるんじゃないかと思うこともあるだろう。道に迷って帰り道が分からなくなることもあるんじゃないか。
そうした不安に対する吉田氏の回答は、「そうです。おっしゃる通り、洞窟は危険がいっぱいです」。
岐阜県にある、とある未踏洞窟を1年かけて調査していたときのことだ。吉田氏は洞窟の奥のほうで下方に延びる狭い通路の入り口に出くわした。あたりはぬかろみでドロドロ、入り口は人が一人通れるかどうかほどの大きさだった。
とりあえず頭を突っ込む吉田氏。すると、通路は下へ45度くらいの角度で傾斜しており、奥でさらに狭くなっている。その先は行ってみないと分からない。吉田氏は頭から這うようにしてゆっくり進んでいくが、下り坂で床がぬかるんでいるため、体が滑り落ちはじめたのだ。
ピンチに陥る吉田氏。途中で体が狭い通路に完全にはまり込んでしまい、動けなくなってしまう。さらに、よく見てみると、その先は行き止まり…。45度の斜面をうしろ向きに這い上がらないといけないのだが、もがいても変化はない。
「ヤバい! この状況はマジでヤバい!!」
恐怖が襲いかかってくる。しかし、ここで過呼吸になったら、酸欠になりかねない。さらに、頭部を下にして長時間動かないでいると、低体温症や頭部の血圧上昇で死に至る可能性もある。
まずは自分を落ち着かせる吉田氏。そして、動かせる両手だけでこの窮地を脱そうと、指を泥に突き刺して、少しずつ体を動かしていく。窮地に追いやられてから30分ほど、なんとか脱出できたが「ものすごい長い時間に感じられた」と述懐している。
◇
生きるか死ぬかのスリル。その先にある誰も見たことのない世界。これほどまでに美しいものがあるのか、そう思わせてくれる絶景。
『洞窟ばか』(扶桑社刊)には洞窟探検のスリリングな魅力が小気味よい文章でつづられている。今回は「危機一髪」のエピソードを取り上げているため、もしかしたら怖さを感じたかもしれない。しかし本書を読むと、そうしたエピソードも含めて、洞窟にすっかり魅了されてしまうだろう。
「洞窟探検ほど面白いものはない」という吉田氏の言葉は、真であると思わされる。そんな一冊だ。(金井元貴/新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。