成熟した社会でモノを売るということは、本当に難しい。「やすくて高品質」は当たり前。そこを追求しても、競合との価格競争に巻き込まれ、疲弊するだけ。気力も体力もすり減らしながら終わりのない競争をするのは不毛だとはわかっているが、多くの企業はこれをやめられない。
■実績抜群の営業マンが商品開発で自信を打ち砕かれたワケ
社会の隅々にまでモノが行きわたり、人の欲望が希薄になったといわれる今、新しい需要を発見していくことは困難なように思えるが、決してそんなことはない。
『100円のコーラを1000円で売る方法』(永井孝尚著、KADOKAWA刊)は、アイデアとやり方次第で、これまで勝負していた市場からさらに広く競合の少ない新しい市場に出ていくことができることを物語形式で教えてくれる、マーケティングの名著である。
やや強引な仕事ぶりながら営業部門できわめて優秀な成績をあげ、鳴り物入りで商品開発部に異動してきた宮前久美。本人は「自分はデキる人」であることを疑わず、新天地でも営業部と変わらずに活躍できると思っているが、その自信は早々にへし折られることになる。
■町の電器店を生き残らせている存在
久美の鼻っ柱をへし折ったのは、自信満々で臨んだコンペでの敗北であり、社内の商品企画勉強会での上司からのダメ出しである。
・「顧客の言いなりの商品」は売れない
・商品ではなく、体験に価値がある
・なぜ「省エネルック」は失敗して、「クールビズ」は成功したのか
・町の電器店が潰れないのはなぜなのか
久美が直面する失敗や課題からは、上記のようなマーケティング担当者であれば考えてみてほしい問いが浮かび上がる。
たとえば、大型家電量販店が進出している地域でも、個人経営の小さな電器店が細々とではあるが生き残っている光景を目にすることがある。
商品の価格も、品ぞろえも、大型量販店にかなうはずもない。
しかし、「町の電器店」がそれでも生きのこるのは、彼らが価格でも品ぞろえでも勝負していないからだ。彼らには彼らにしか満たすことができない需要があるのである。
型の古くなった家電の修理や顧客サポート。これらは大型の量販店にはカバーできない領域だ。この部分を担うことで、「町の電器店」は地域コミュニティとつながる。
まして、修理やサポートを欲しているのは、多くの場合中高年層であり、彼らは若い世代よりもお金を持っている。彼らは「一円でも安く家電を買う」ということには執着しない。少し割高でも、買った後に親身にサポートをしてくれる店から買うことを選ぶのである。
これは、マーケティングの観点から注目すべき現象だと言えないだろうか。大資本が拾いきれない需要に活路を見出し、顧客に価値を提供する。あるいは、商品価格や品揃えといった当たり前の物差しを捨てて、別のところで勝負する。小規模で体力に自信のない企業のマーケティングで必要とされるのは、まさしくこうした戦略であろうからである。
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久美はどのように自分の失敗を乗り越えていくのか。自分の身に置き換えてみるとおもしろい。
商品開発やマーケティングに携る人であれば、学べるところの多い一冊である。
(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。