2021年、テキサスA&M大学ビジネススクールのアンソニー・クロッツ准教授は「コロナ禍で『大退職時代』が到来し、その後は元の職場に再就職する『ブーメラン社員』が増える」という予測を発表した。「ブーメラン社員」とは、一度退職した職場にブーメランのように戻ってくる従業員を指し、今後、米国ではスタンダードな働き方のひとつになっていくと考えられている。
では、ブーメラン雇用は日本でも根付いていくのか。自身もブーメラン社員として出戻った経歴を持ち、「退職学」の専門家として、これまでに1000名以上の転職やキャリアに関する相談を受けてきた佐野創太氏に聞いた。
コロナ禍で会社の対応に疑問を感じる人も
佐野氏いわく、新型コロナの感染拡大を受けて、転職や働き方に関して悩みを感じるようになったビジネスパーソンが増えているという。特に多いのが20代後半~30代中盤で、この世代が相談に来る割合も増えているそうだ。こうした変化の原因を、佐野氏は「危機的状況に瀕して、企業の“素の姿”が見えたことが関係しているのでは」と考察する。
「コロナ禍において、未知のウイルスやパンデミックに対する企業の対応はさまざまでした。『どんな危険なウイルスかわからないから』と早くから在宅勤務を始めた企業もあれば、『マスクをしていれば大丈夫』と社員に原則出社を命じていた企業もあります。未曾有の事態に直面したときの勤め先と自分との“危機感”に温度差を感じ、『このまま、この会社で働き続けていいのだろうか……』と考えた人が多くいたようです」(佐野氏)
企業と自分、それぞれの認識の不一致以外にも「今の業界の先行きが不安になった」「在宅勤務になって時間が生まれ、改めて自分の今後のキャリアを見つめ直した」など、多様な理由で転職を考える人が増えているそうだ。
現在、米国ではパンデミックの影響から職場を去る人が増え、「大退職時代」が到来しているという。前出のアンソニー准教授は「大退職時代の到来後は『ブーメラン社員』が増加する」という予測を出しているが、日本でも退職者が増えていけば、米国と同じような流れが訪れるのだろうか。
「日本でも一度、退職した人が昔勤めていた会社に出戻る『再雇用』が増えました。この遠因にあるのが、2008年に起きたリーマンショックです。リーマンショック当時に経営が厳しくなり人員を整理した会社が、数年経って景気が回復してきたタイミングで『出戻り社員』を迎えた事例は多くありました。また、この時期に初めて再雇用制度を作ったという企業も多いです。過去の社会の動きを見ても、世界的な恐慌の後に『ブーメラン社員』が増えるという流れは日本でも起こり得ると思います」(同)
ブーメラン社員になれる人の条件とは?
ブーメラン社員は、すでにその会社で働いていた経歴を持っているので、研修の手間や時間がかからない。その上、転職エージェントや求人サイトを使わずに採用できるので、コストもカットできる。ローコストで採れる即戦力は、企業にとってはかなりありがたい存在といえよう。
「出戻る当事者にもメリットは多いです。最大のポイントは、一般的な転職に比べて期待値が調整しやすい点です。特にコロナ禍で面接もリモートで行う企業では、オフィスの雰囲気が把握しづらく、入った後に『想像と違った……』と感じる場合も少なくありません。ブーメラン社員だと、入社後、社内の空気感や経営方針などにミスマッチを感じにくいと思います」(同)
こう聞くと、転職の選択肢に「過去に勤務していた会社」を入れたくなるが、誰もがブーメランできるわけではないことは肝に銘じておく必要がある。
「過去に多くの企業が再雇用を行った際は、育児や介護などのプライベートな理由でいったん職場を離れざるを得なかった人を対象に声をかけるケースが主でした。そういった事情ではなく退職した人は、『過去に勤めていたから』という理由だけでは出戻りは難しいでしょう」(同)
カムバック制度を設けている企業でも、やむを得ない事情で退職した人に限定して募集しているケースが多いという。そうではない退職者がブーメランをするのはハードルが高そうだが、その障壁を飛び越える術はないのだろうか。
「一度外に出たからこそ身につけられたスキルや経験など、何かしら『お土産』を持ち帰れるといいでしょう。その会社に不足している能力を他所から持ち込み、プラスの効果をもたらしてくれる人は、よほど印象の悪い辞め方をしていない限りは出戻れる可能性が高いです」(同)
さらに、佐野氏は「やむを得ない事情で退職したわけではない人をブーメラン社員として受け入れる場合は、経営者が『なぜこの人の出戻りを許可したのか』についての説明を直接の上司や同僚に必ずすること」と念を押す。その人がどんな「お土産」を持ち帰ったのかなど、カムバックの経緯や背景を伝えないと、既存社員の反感を買いかねないからだそうだ。
退職時の「置き土産」が重要に
ブーメラン社員を取り巻く制度は、今後どのように変化していくのか。佐野氏は「企業側は制度を充実させていくのでは」と展望を予想する。
「アルムナイネットワーク(退職者のネットワーク)を作っている企業は増えていますし、新型コロナの影響もあるので、制度自体は整っていくと思います。ただ、やはり誰彼かまわず出戻りを歓迎する企業は少ないでしょう。誰でも歓迎してしまうと、『辞めても簡単に戻れる会社』という印象を持たれる可能性もあるからです。やはり経営、人事側としては、退職した社員よりも今働いている社員の気持ちが最優先といえます」(同)
とはいえ、今は「人生100年時代」と呼ばれ、いわゆる定年後まで働くのが当然になりつつある。いずれ50代、60代を迎えて転職が難しくなったとき、もし「過去の勤務先」が「転職先」として自分の出戻りを受け入れてくれるとしたら、この上ない幸運だろう。そんな未来を潰さないためにも「退職の仕方がとても重要です」と、佐野氏は力説する。
「出戻るときの『お土産』はマストですが、退職するときも『置き土産』を残すといいですね。立つ鳥は絶対に跡を濁しますから、できる限り濁した水を入れ替えてから出ていくと、いずれカムバックをするときに戻りやすい基盤を作っておけると思います。辞める直前ほど、プラスを積み重ねましょう」(同)
どんな理由にせよ、人が辞めるときには仕事に穴が開き、残される立場の人間には普段以上の負担がかかってしまう。どれだけ「円満退職」を目指しても、事実上は不可能なのだ。
「ただ、『円満退職はできない』とわかっていれば、『できる限り良い辞め方をしよう』というふうに意識が切り替えられます。どれだけカムバック制度が充実してきているとはいっても、最終的な判断は属人的になる場面はまだ多いです。退職直前のアクションが『未来の転職先を作れるかどうか』に関係してくると考えながら行動してみてください」(同)
そう遠くない未来に、ブーメラン雇用が当たり前になっていく時代が訪れるだろう。今のうちから出戻れる環境づくりを進めておくのが、賢明なビジネスパーソンのキャリア戦略となっていくかもしれない。
(文=鶉野珠子/清談社)
●佐野創太(さの・そうた)
著者/日本初、唯一の「退職学®」の研究家。1000名以上の「会社辞めたい」からはじまる退職・転職・フリーランス・働き方の相談と、自身の最低と最高の退職をもとに『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!転職後も武器になる思考法』(サンマーク出版)を出版。退職後も声をかけられ続ける人物に成長する「最高の会社の辞め方」を通じて、終身雇用の次の働き方である「セルフ終身雇用」を提唱している。また、退職者の本音に触れる立場から、企業には社員と信頼関係を築く「退職者コミュニケーション」を提供している。