この現象は、親や教師が子どもをしかりつければ解決するといったシンプルな問題ではない。「むしろ誤った処理で片付けてしまうと、子どもの可能性を閉ざしてしまう恐れがある」と警鐘を鳴らしているのが、白梅学園大学学長であり東京大学名誉教授の汐見稔幸氏だ。教育学を専門にして多数の著作を持つ汐見氏は、近著『本当は怖い小学一年生』(ポプラ社)で、子どもが発しているメッセージに大人が気づいておらず、適切な対処ができていないと指摘している。その現状と問題点を、打開策と合わせて伺った。
●小学一年生の教育現場のリアル
–教育の現場から見た小一プロブレムの実情は、それほどに危機的なものなのでしょうか?
汐見稔幸(以下、汐見) 小一プロブレムがきっかけとなって、小学校教育のあり方を根本から考え直さなければならない機運が高まったというのはあります。担任はクラスに1人が常識でしたが、今はそれでは間に合わないということで、複数担任を導入する学校があちこちで出てきています。2人担任でスタートし、落ち着いてきたら1人抜けるとか、そういう対応をしている学校もあります。
明治以来ずっと続いてきたやり方を考え直さなければならない、となったひとつのきっかけであることは間違いないですね。「教育」という言葉がよくないのかな。「教えなければいけない」という考えが、すごく刷り込まれているんです。勉強を教えることと「みんな座りなさい」「みんなこっち向いて」みたいに指示することからしか、教育は始まらない。
でも幼稚園や保育園ではそういう指示はなくて、「こちらの言うことに従いなさい」という保育はやめようというのが、この20年間です。なぜかというと、家庭でも指示されないと動けなくなっている子どもたちに幼稚園でまた指示するというようなことをやっても、子どもの主体性は育たない。だから指示しないで動く人間を育てようということなんです。
–著作の『本当は怖い小学一年生』は、そうした現状に警鐘を鳴らしていますが、想定読者は親ということでしょうか。そのほかには誰をターゲットにしていますか?
汐見 もちろん小学校の教員や小学生の子を持つ親は、最初の想定読者です。そのほかは、かなり漠然としているのですが、学校教育関係者です。今のところ、実際に読んでくれているのは幼児教育関係者と幼児の親ですね。ただ、僕としては、本当に読んでほしい人はそこじゃないんです。
–小一になる子を持つ親のほかに、ということでしょうか?
汐見 もっと広くて、教育関係以外の人たちですね。根本にあるのは、学校教育や子どもの育て方を変えないといけないという思いです。明治から右肩上がりを目指してずっとやってきたやり方が、もう通用しない。私は、この本を産業界の人に読んでほしいと思っています。
–なぜ産業界なのでしょうか。小一プロブレムを通じて、翻ってこれまでの教育を見直してほしいということですか?
汐見 ビジネスシーンで活躍を続ける人たちも、教育はこういうものだと刷り込まれているんだけど、少しずつ何かが違ってきていて、それが顕在化し始めたのが現状です。そのことを知ってもらいたい。というのも、教育の現場にいる教師たちですら、どうも今までと同じ教育をやっていても子どもたちが乗ってこないと感じている。でもどこをどのように見直せばいいのかということは、実はまだ哲学がないんです。
『本当は怖い小学一年生』 「小一プロブレム」と呼ばれ、小学校低学年の教室で起こるさまざまな問題は、じつは「学びの面白さを感じられない」子どもたちからの違和感や抵抗のあらわれだ。子どもの可能性を引き出すために、今必要なものは何か