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吉田潮「だからテレビはやめられない」(10月13日)

『ノーコン・キッド』アラフォー“のみ”にお勧め新連ドラが描く、ゲームと人の関係の歴史

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『ノーコン・キッド』公式サイト(テレビ東京HP)より
 主要なテレビ番組はほぼすべて視聴し、「週刊新潮」などに連載を持つライター・イラストレーターの吉田潮氏が、忙しいビジネスパーソンのために、観るべきテレビ番組とその“楽しみ方”をお伝えします。

 ゲームをほとんどやらない。いや、正しく言えば、脳内が煮詰まった時にはちょっとやることがある。『スパイダーソリティア』や『上海』などで、1時間くらい「無の境地」に入ることができるから。が、オンラインなどイマドキのゲームはさっぱりで、門外漢だ。

 とはいえ、子供の頃はゲームウォッチからファミコンの任天堂ゲーム機最盛期の世代。脳細胞が活発な頃に聴いた「ポヨンポヨン」や「ピコピコ」といったゲーム音を忘れることはない。久々に聴いて「うわぁ懐かしーッ」と思ったのが『ゼビウス』の音である。この音の発信元は、テレビ東京の新連続ドラマ『ノーコン・キッド~ぼくらのゲーム史~』。

 主演は田中圭。一見、向井理に似ているが、向井と異なり、数々のドラマで幅広い役柄を演じられる、ポテンシャルの高い俳優だ。1983年に15歳、2013年は45歳、という2つの時代をひとりで演じ分ける、ちょいと無理のある設定。が、そこは田中の腕の見せ所。15歳の頃の能天気な思春期ボーイを意外とうまく体現していた。しゃべり方の幼さ、バカっぽさ。普通にカッコいいのに、残念なバカを演じられるのは、田辺誠一と長瀬智也だけだと思っていた。ということで、「ハンサムバカ枠」に田中、エントリーである。

 始まりは83年、舞台は主人公・渡辺礼治(田中)の父(佐藤二朗)が営む、しょぼいゲームセンター(駄菓子屋の延長線上みたいな)。時々訪れる美少女・高野文美(波瑠)の気を惹きたいがために、同級生のゲームオタク・木戸明信(浜野謙太)をだしに使う。ここで登場したのが、シューティングゲームの『ゼビウス』だった。

●ゲームが人間関係を構築した時代

 若い人はなんのこっちゃ、と思うだろう。このドラマは30代後半~40代の人間が記憶を手繰れる、懐かしの時代を描いている。もちろん、13年現在も描かれているので、ドラマは時代の違う2階建ての構造。別に目新しくもなんともないんだけれど、一応、過去と現代の2層で、物語の奥行きは感じられる。

 田中もさることながら、浜野の「いかにも」なオタクっぷりが光る。顔と雰囲気と容姿で得をするタイプの浜野は、この手の役をやらせたら右に出る者がいない。プライドが高くて、コミュニケーション障害のある卑屈な男、といえば浜野。彼の分厚い唇がわななく演技は必見である。波瑠も空気感をしっかり持っている女優で、昭和も平成もうまく演じ分けられそうだ。15歳も45歳も無理なく自然にイケる女優って、そんなに多くない。ちょっと前に、スペシャルドラマで夏目雅子役を演じていたほど、美しさと実力はすでに立証済み。もちろん、佐藤演じるうだつの上がらないオヤジも、このドラマのスパイス(いや、私の真の視聴目的でもある)。

 サブタイトルのとおり、今後も懐かしのゲームが次々と登場するようだ。アラフォーの人は、ただ単純に懐かしむ目的で観るのもいい。メインテーマは「ゲームをベースにした少年たちの交流と成長」ってところか。イマドキのゲームは、一人で部屋にこもって寝食忘れて誰とも会わずに廃人になるまでやるようだが、昔は違った。交流があり、リアルな人間関係の構築があった。そんなことも含めて言いたいのかなと、勝手に受け止めている。

 深夜枠の30分ドラマだし、わりと真面目なつくりなので、そんなに大きな反響はないだろう。地味にこっそりほくそ笑みたいアラフォー世代にだけ勧めたい。
(文=吉田潮/ライター・イラストレーター)

●吉田潮(よしだ・うしお):
ライター・イラストレーター。法政大学卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。「週刊新潮」(新潮社)、「ラブピースクラブ」(ラブピースクラブ)などで連載中。主な著書に『2人で愉しむ新・大人の悦楽』(ナガオカ文庫)、『気持ちいいこと。』(宝島社)、『幸せな離婚』(生活文化出版)など。カラオケの十八番は、りりぃの「私は泣いています」、金井克子の「他人の関係」(淫らなフリつき)など。