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吉田潮「だからテレビはやめられない」(2月4日)

『明日ママ』なぜ騒動に?丁寧さの欠如とエンタメ性優先が招いた、ドラマとしての質の低下

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『明日、ママがいない』公式サイト(「日本テレビ HP」より)
 主要なテレビ番組はほぼすべて視聴し、「週刊新潮」などに連載を持つライター・イラストレーターの吉田潮氏が、忙しいビジネスパーソンのために、観るべきテレビ番組とその“楽しみ方”をお伝えします。


「子供の人権侵害」騒動ばかりが取り沙汰されているけれど、ドラマとしての質はどうなのか。大人が考える「子供目線と純粋さ」、子供が本来持っている「幼さと残酷さ」との兼ね合いがうまくいっていないことが問題じゃないのか。騒動のせいで素直に視聴できなくなってしまったのが今クール(1~3月期)の連続テレビドラマ『明日、ママがいない』(日本テレビ系/毎週水曜夜10時放送)である。

 当事者が放映中止を求めるのはわからないでもない。ファンタジーまみれで事実とは異なる児童養護施設の描き方にご立腹というのも納得いく。子供のあだ名が問題になるのは、微妙なラインだ。制作サイドとしては「子供目線の無邪気さは凶器にも武器にもなる」ということを表現したかったのだろう。ところが、妙にこまっしゃくれた子役たちの演技、おどろおどろしく描かれた養護施設の館長(三上博史)などの要素が「大人の目線」であり、「差別的でふざけている」ととらえられてしまい、大問題となったわけだ。これは、もう少し普通に描いていれば、騒動が起きなかったのではないか。普通に、というのが難しいところだけれど。

 昨年、TBSが赤ちゃんポストを開設した慈恵病院の人々をドラマにしたことを思い出した。『こうのとりのゆりかご~「赤ちゃんポスト」の6年間と救われた92の命の未来~』(11月25日放送)。薬師丸ひろ子主演で、さまざまな軋轢と闘いながらも子供たちの命を救い、必死に活動を展開してきた病院をきちんと描いていた。子供を預けざるをえない女性たちの心情や生活背景など、おそらくリサーチに基づいて真摯に、かつ細心の配慮をして構成していた。が、あまり話題にはならなかったのも事実。そもそも特別企画のドラマであり、連続ドラマのように熾烈な視聴率争いの枠から外れたところにある作品だったから。

『明日、ママがいない』も、ここまで真面目に忠実に描け、とは言わない。ただ、養護施設で働く人々の苦労と本音、子供たちの抱える本当の不安感や心の闇、養子縁組をしたい人々の必死な思いと法律の限界など、要素をきちんと盛り込んで丁寧に描けばよかったのではないか。個人的には、養子縁組を願っている夫婦が「変態あるいは虐待嗜好」扱いされているところが非常に残念だった。長年の不妊治療で心身ともに疲弊した夫婦が本当に子供を欲しいと願う気持ちは、木端微塵に粉砕された。エンターテインメント性を優先させた結果である。

 ファンタジー逃げ、人気子役頼みの大人目線で、せっかくの題材が見えづらくなってしまったのが最大の汚点。三上博史のトラウマのようなものが物語の伏線というのも、どことなく軽薄で脆弱に見えてしまう。いや、もちろんファンタジーでありフィクションである、という前提をどうとらえるかにもよるのだが……。

 で、何にいちばん驚いたかというと、スポンサー各社のCM放送見合わせである。当事者でもないくせに過剰反応した「空気」に屈服したスポンサーのへっぴり腰ときたら。テレビドラマ界を震撼させ、ますます萎縮させ、どんどんドラマが不自由になってしまうではないか。ドラマ好きにとっては忌々しき事態。ドラマ制作側はこれを倣うべき前例とせず、異様な特例としてほしい。

 しかし、芦田愛菜ちゃん。芝居がどんどん俗っぽさを増してきたよね……。なんか無念。
(文=吉田潮/ライター・イラストレーター)

●吉田潮(よしだ・うしお):
ライター・イラストレーター。法政大学卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。「週刊新潮」(新潮社)、「ラブピースクラブ」(ラブピースクラブ)などで連載中。主な著書に『2人で愉しむ新・大人の悦楽』(ナガオカ文庫)、『気持ちいいこと。』(宝島社)、『幸せな離婚』(生活文化出版)など。カラオケの十八番は、りりぃの「私は泣いています」、金井克子の「他人の関係」(淫らなフリつき)など。