トマム破綻、どう奇跡の再建?星野リゾートの驚異の手法 高い集客力を生むスゴい仕掛け
「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
「このリゾナーレ トマムは、7月1日にエントランスやロビースペース、お子さんが遊ぶキッズスペースをリニューアルしたばかりです」
こう説明するのは、「星野リゾート トマム」(以下、トマム)の広報担当・橋本亮一氏だ。ちなみにリゾナーレ トマムは、トマム内のホテルの名称だ。
筆者は7月13~14日、北海道の山間部・占冠(しむかっぷ)村にあるトマムを訪れた。約1000ヘクタールの敷地内に2つのホテルとスキー場、ゴルフコース、道内最大の室内プールを持つ大規模リゾート施設のトマムは、山の中に忽然と現れるタワー建物でも知られている。ホテル専用駐車場は、夏休みシーズン前にもかかわらず多くの自動車が止まっていた。
スキー客を見込んで開業するも、赤字続きで経営破綻
今でこそ年間稼働率約70%の人気を誇るトマムだが、10年前までは不振にあえいでいた。
歴史を振り返ると、かつては「アルファリゾート・トマム」という名称で、開業はバブル経済期に向かう1983年のこと。良質な雪が降る地域特性を生かし、冬のスキー客誘致を図った。経営はホテルアルファサッポロ(当時)を運営するホテルアルファと占冠村の共同出資による第三セクターが担っていた。
当時主流だったリゾート会員権を販売して、その売り上げで89年に完成したツインタワーなどの設備投資額を回収する計画だったが、過剰な設備投資がバブル経済崩壊とともに行き詰まり、運営会社は経営破綻した。その後、2005年に星野リゾートが運営を引き継いだ。同社は長野県軽井沢町で開業以来1世紀以上の歴史を持つ企業で、現代表の星野佳路氏の経営手腕によって各地の破綻したリゾート施設の再生を行ってきた。
その再生キーワードを2つ示すと、「地域特性の掘り起こし」と「従業員のアイデアを尊重」である。
例えば、青森県三沢市の「青森屋」では、「のれそれ青森」(のれそれは津軽弁で「もっともっと」の意味)を掲げた。食事はバイキング形式で、かっちゃ(おかあさん)に扮したスタッフが「よぐ来たねぇ」などと津軽弁で出迎える。別の食事処では、ずっぱ御膳(せいろ蒸し料理)を味わい、宿泊客が青森ねぶたや弘前ねぷたなど、青森四大祭りを踊ることができる。
こうしたアイデアを従業員に考えてもらうのが星野流だ。自分の提案内容が採用されれば、当事者意識も高まるだろう。かつて青森屋の総支配人は「会議での意見も活発で、『のれそれ感が足りない』という声が出るようになった」と話していたが、最近の宿泊プランでは、より地元らしさが高まっている。
東京のホテルに匹敵するクールなサービスではなく、地元色あふれるサービスで家族客や友人同士など新たな顧客を獲得。赤字だった施設を黒字に変え、人気施設としたのだ。
冬以外の魅力「雲海」を訴求して客を呼び戻す
時期的には青森屋と前後するが、トマムの集客策も基本は変わらない。もともと破綻した原因は、客室が1000室を超え、最大2500人が泊まれる巨大施設でありながら、冬場のスキー客に頼ったビジネスモデルで、冬と夏の集客差が激しかったためだ。赤字が膨らみ、設備投資をしようにも資金不足で施設は老朽化するという悪循環だった。
そこで従業員が集客アイデアを出し合う中で出たのが「雲海」だ。雲海とは文字通り、山や航空機など高い場所から見下ろした時に、雲が海のように見える光景である。
05年にこれを提案したのは、スキー場のリフトやゴンドラの運営・保守管理をする索道部門の責任者だった伊藤修氏だ。ゴンドラ山頂付近で作業をしていて、ふと気づくと雲海が出ていた。「この景色を、お客様にも見てもらいたい」というのが提案理由だった。
その提案を受けて試験的に雲海を見てもらうサービスを始め、翌06年から本格運用させた。現在は毎年5月半ばから観賞用施設「雲海テラス」の営業がスタートし、期間中に観光客は早朝にゴンドラでテラスへ登り、雲海との遭遇を目指す。
14年10月12日、累計で雲海見学客が50万人を突破した。初夏から秋にかけての目玉企画だが、06年度は1万人、翌年は1万7000人にすぎなかった。それをテラスの拡張や、カフェを併設するなどサービスの充実を図り、認知度を高め、14年度には約12万人が訪れた。
ただし雲海が見える確率は高くなく、シーズン中でも3~4割だ。そこで同社では毎日「雲海予報」も出している。ちなみに筆者の宿泊した翌朝の予想は30%だったが、翌朝5時集合のため早起きしてロビーに行くと、悪天候でゴンドラ運行が中止となっていた。
同社では雲海を見られなかった客の不満を緩和するため、ゴンドラ乗車券を絵ハガキにして、テラス内のポストに投函すると無料で全国に配達するサービスを導入した。山頂テラスでは無料ヨガ教室を実施するなど、雲海以外の思い出づくりにも注力している。
インバウンド女性が責任者を務める、教会ブライダル
トマムのもう1つのウリが、リゾート内にある「水の教会」での結婚式だ。このブライダル予約ユニットのディレクターを27歳の若さで務めるのが韓国人の李根株(イ・グンジュ)氏だ。韓国の大学で日本語を学び、外資系企業への就職活動中に星野リゾートの存在を知って応募、10年に採用されてサービスチームに配属となった。その後、ブライダルユニットに異動、ブライダル部門のディレクターに立候補した。
トマムにはインバウンド(訪日外国人)の通期スタッフも28人いるが、中でも李氏は努力家だ。「フロントで使う敬語は『~です』が中心ですが、ブライダルで使う敬語は『~でございます』が多いなど、日本語の微妙な使い分けに悩みながら習得しました」と語る。
このように、来日後の猛勉強で独特の日本語表現を学んだ。かつては「日本人の使う日本語は全部正しいと信じていて、『ご主人さま』と呼ばずに、奥さまから紹介されたとおりに『旦那さん』と呼んでしまったこともあります」(李氏)
李氏が担う結婚式は、しきたりや着物の扱いなど日本文化を熟知していないと務まらない部署だ。挙式者の大半は日本人で、外国人が担当ということに不安を覚えた父親から「担当を替えてほしい」と言われ、交代させられたこともある。その後、同じ話が持ち上がった時は、自筆の手紙で「私はこんなに日本語もでき、日本のことを勉強しています」と伝えて担当を続けたそうだ。そうした努力も手伝い、顧客満足調査では常にポイントが高い人気のプランナーだ。
同社のもう1つの特徴は、従業員がさまざまなサービスを行う「マルチタスク」という制度だ。小規模の施設ではレストランのスタッフがベッドメイキングを行うこともある。そして現場を知った人間がスタッフ部門にも異動する。冒頭で紹介した広報の橋本氏は、異動前の部署ではアクティビティ開発を担い、ネイチャーガイドも務めていた。
今回の滞在時には、インバウンドの宿泊客も多く見かけた。日本人がハワイなどで海外挙式をする際に日本人スタッフが安心感を与えるように、近い将来、李氏のような外国人スタッフが、同国人のアテンドをするのが当たり前になるかもしれない。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)