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新見正則「医療の極論、常識、非常識」

長生きしたければ病院に行くな?行ったほうがよい?はどちらが正しいのか

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「Thinkstock」より
 縁あってこのたび、当サイトでコラムを毎週連載することになりました。「医療の極論、常識、非常識」と題して、いろいろな意見に対する僕なりのコメントを書き下ろしていきます。

 「極論君」「常識君」「非常識君」などに登場していただき、「極端だけれども本当なのか?」といぶかしくなるような論調、「なぜか当たり前と信じられているけれども本当なのか?」という慣習、「直感的に非常識だけれども、もしかしたら本当かな?」というような意見、などを収集してもらい、それにコメントしていきます。編集部がおもしろそうな意見を僕に提示することもあるでしょう。彼らとの会話形式で書き下ろすコラムもあります。皆様がいろいろな意見に触れる機会になれば嬉しいです。

 最初は常識君が登場です。「いろいろな医療情報がある意味氾濫しているけれども、どれを信じればいいの?」というご意見です。多くの常識派の方々が感じていることですが、まったく情報がないよりもたくさん情報があるほうがいいですね。そこから取捨選択すればよいわけですから。

 大切な視点は、私たちは資本主義社会で生きているということです。資本主義社会では、当然お金が回ることが必要です。医療もそんな資本主義社会の一員なのです。医療は社会奉仕ではなくて、実は産業なのです。その視点を持っていれば、いろいろな意見にも正しく接することができます。

 たとえば、2つの意見があるときにどうすればよいのか。「長生きするには医者に行ったほうがよい」という論調が常識としてある一方で、「長生きしたければ医療から遠ざかったほうがよい」という極論もあります。まず明らかに間違っている意見は、通常は報道されません。つまり、どちらも正しいことがあると思ってください。問題はどの程度の割合で正しい場合があるのか、どの程度の信憑性があるのかです。

 正しい範囲内であれば、お金が回る選択肢が、自然と、「資本主義の神の力」で誘導されるということです。

どうすればよいのか?


 医療での禁句は、「できることはなんでもしてください」ということです。

 不思議ですか?

 では、自動車の購入時に「あるオプションはなんでも付けてください」と言えば、ディーラーは喜んですべての高額オプションを付けるでしょう。ある程度許されると思われる範囲であれば、自然とそうなるのです。その「ある程度の範囲」がディーラーで異なるのです。あくどいディーラーは、顧客に不要と思われても勧めてくるでしょう。親切なディーラーはいろいろと説明をしてくれて、最後は購入者が意志決定することになるでしょう。