伊藤忠商事社長の岡藤正広氏は、悲願としてきた業界首位の座を手に入れる――。
総合商社の2016年3月期の連結純利益見通しが、業界に激震をもたらした。伊藤忠の純利益が、2位の三井物産だけでなく、15年間トップに君臨してきた三菱商事のそれを一気に抜き去り、初めて業界トップとなることが判明したからだ。
伊藤忠は非資源分野が好調に推移しているとして、今期の純利益計画を期初予想の3,300億円に据え置いた。三菱商事は原料炭などの資源価格が低迷し、純利益の見通しを3,600億円から3,000億円に下方修正した。
過去10年間、総合商社は資源事業の拡大に支えられ成長してきた。資源事業で収益の過半を稼いできた三菱商事と三井物産には「資源商社」の異名がついた。しかし、石炭や鉄鉱石などの国際市況は11年をピークに低迷。各商社は脱資源を進めてきた。
伊藤忠は非資源部門が好調で、三菱商事は資源部門が収益の足を引っ張った。これが大逆転をもたらした。業界の盟主、三菱商事にとっては歴史的屈辱である。同社は16年4月1日付で垣内威彦常務執行役員が社長に昇格し、小林健社長が会長に就く人事を発表した。食糧部門出身の垣内氏に首位奪還が託された。
【5大商社の16年3月期連結純利益予想】(カッコ内は15年3月期実績)
1位:伊藤忠商事、3,300億円(3,005億円)
2位:三菱商事、3,000億円(4,005億円)
3位:三井物産、2,400億円(3,064億円)
4位:住友商事、2,300億円(▲731億円)
5位:丸紅、1,900億円(1,056億円)
※▲は赤字
旧財閥系商社への対抗心
岡藤氏は10年4月、伊藤忠の社長に就任した。同社は関西出の非財閥系商社として三菱、三井、住友の旧財閥系商社に強い対抗心を燃やし続けてきた。万年4位に甘んじてきた伊藤忠は、「いつかは財閥系と互角に渡り合える商社にする」ことを悲願としてきた。
15年11月9日、伊藤忠が開いたアナリスト説明会で、岡藤氏は万感の思いを吐露した。
「僕が社長になった当時、三菱商事は4位だった伊藤忠の倍以上の利益を出していた。それが、2年目で住友商事を抜いて、5年目で三井物産との差が60億円になった。今期、ひょっとしたら、三菱商事を抜けるかもしれない」
岡藤氏に対する証券市場の評価は高い。社長在任中の伊藤忠の株価は、就任直後の659円(10年7月22日)が最も低い。その後は、右肩上がりで上昇。15年6月24日には1756.0円と上場来の最高値をつけた。在任5年間で株価が2.7倍になった。総合商社のような資本金が大きい大型株は、株価がさほど動かないのが一般的。2.7倍に高騰するのは異例のことだ。
岡藤氏は社長交代の会見で「向こうみずを問わない社風にしたい」と粗削りで暴れん坊の「野武士集団」の復活を宣言した。そして、暴れん坊ぶりをいかんなく発揮する。岡藤氏が社長に就任して最初に打ち出したのは、「業界3位をめざす」というキャッチフレーズだった。
大阪の繊維部門から経営トップに就いた岡藤氏は、東京の他部門の社員にとっては“よそ者”だった。会議に出るたび「お手並み拝見」という雰囲気を感じずにはいられなかったという。「自由闊達な社風をめざそう」という漠然とした目標では効き目がない。
そこで、誰にでもわかる、はっきりした目標を掲げた。旧財閥系の3商社の一角に食い込む「商社ナンバー3」だった。当時、業界3位は住友商事。事務方は住友商事の反発を気づかい、「業界上位をめざすと言い替えて社内外に発信しましょう」と提案した。しかし、岡藤氏は「それじゃ伝わらない」と一喝。1つ上の3位なら、がんばれば手が届くかもしれない、3位というメッセージ自体に意味がある、と岡藤氏は考えた。岡藤氏の言葉は「住友商事を抜く」というストレートな表現で社内に広がった。社内のイベントでは、若手社員が住友商事と伊藤忠の戦いをもじった寸劇を出し物にした。
言葉の魔力というべきか。12年3月期連結決算の純利益は伊藤忠が3,005億円。住商は2,506億円。伊藤忠は住友商事を抜き第3位になった。
「怒涛のごとく攻勢」
伊藤忠社長の任期は、ここ2代続けて6年だ。任期前半で住友商事を抜いた。任期後半の目標は繊維や食品などの資源以外の分野でトップ商社になることだ。もともと強かった繊維分野は圧倒的な1位だ。食料分野では三菱商事とトップを争う。繊維、食料の二枚看板に加え、住生活・情報、機械、化学品を加えた非資源の分野で業界首位をめざすことになった。
ところが非資源分野だけでなく資源分野を含めた全体の純利益で、商社トップに大躍進するのだ。いずれ資源価格が戻れば、三菱商事や三井物産の収益力は回復する。財閥系商社は総合力で勝る。「二つのM」が復活する時までに、互角に勝負できる経営体力をつけなければならない。
野武士集団は、追う立場から追われる立場になった。岡藤氏は11月9日、社員向けのイントラネットでこう檄を飛ばした。
「我々はナンバーワン商社としての自信と気概を持ち、ここで他社を一気に引き離すべく、怒涛のごとく攻勢を掛けるべきです」