伊藤忠商事が、悲願としてきた商社業界首位の座を手にする。同社の2016年3月期の連結純利益見通しは3300億円。15年間トップの座に君臨してきた三菱商事は3000億円の予想だが、資源安でさらに大幅な下振れの懸念があり、三井物産、住友商事に対しては大差をつけることになる。
三菱、三井、住友は“旧財閥系商社”といわれている。一方、伊藤忠と丸紅は非財閥系だ。関西出身の繊維商社で“野武士集団”と呼ばれる伊藤忠が商社業界のトップに立つのは並大抵なことではなかった。この点だけとっても、岡藤正広社長の経営手腕は高く評価されていい。
過去10年間、総合商社は資源事業の拡大に支えられて成長してきた。資源で利益の過半を稼いできた三菱と三井には「資源商社」の異名がついた。しかし、石炭や鉄鉱石、銅などの国際市況は11年をピークに低迷。各社は脱資源を進めてきた。岡藤氏は「今後、10年、資源の国際価格は回復しない」と年頭に見通しを語っている。岡藤氏の先を見る眼には定評があり、果たしてどうなるのか注目を集める。
脱資源で先行したのが伊藤忠だ。同社はもともと世界一の繊維商社だったが、食品・食料や生活物資でも利益を上げてきた。非資源分野で利益の半分以上を稼げる体制をつくったことが、伊藤忠がトップに立つ原動力になった。成功のキーワード、非資源戦略を推進してきたのが岡藤氏だ。この点が高く評価されている。
逆に業界の盟主・三菱にとっては、歴史的な屈辱である。三菱は4月1日付で垣内威彦常務執行役員が社長に昇格する人事を昨年12月に早々と決めた。食糧部門出身の垣内氏に首位奪還を託したのだ。ショックがいかに大きかったかを示す人事である。
社員を鼓舞する能力
岡藤氏は敵と味方を峻別する能力に長けている。岡藤氏と三菱社長の小林健氏(4月1日付で会長に昇格)は、日清食品ホールディングスの社外取締役も務めている。岡藤氏は朝7時半に出社し、ひと仕事してから日清食品の役員会に出席。一方、小林氏は自宅から直接役員会にやって来る。岡藤氏は、「俺はひと仕事してから行くが、小林さんは(秘書を伴って)直行だ」と社内で暴露したりする。
このように言うことによって、ライバル視している小林氏、ひいては三菱に「負けるものか。絶対に勝つのだ」というメッセージを社内に発信しているのである。岡藤氏の突飛とも思える発言は、思いつきのように見えるが、実は緻密に計算されているのだ。